蓮は泥中より発す

अद्वैत :非二元に還るプロセスの記録

2020-09-01から1ヶ月間の記事一覧

№436 帰るところ

「この世において認識されるものは何でも、アートマンと同一視されてしまう。それゆえに、人は混迷に陥り、そのために真実のアートマンを見出せないのである。」 ウパデーシャ・サーハスリーⅠ 12-2 昨日、筝曲の稽古で、1年数カ月ぶりに「六段の調」の稽古を…

№435 我を忘れ、肉体と共に

「人は、光に照らされている身体を、誤って発光体である、と見做すように、見者(=アートマン)であるかのように現れている心(統覚機能)を、 『わたしである』『見者である』と考える。」ウパデーシャ・サーハスリーⅠ 12-1 昨日、段級審査会(剣道)が開催…

№434 主体的に愛する

今日はバクティ・ヨーガのお話。 愛や信仰のヨーガであり、ギヤーナ、カルマ、ラージャを含めた四大ヨーガのなかでも至高のヨーガと言われる。 では愛ってどんなもの? ということについては、3つの定義がある。 「愛の三角形」と言われている。 ①愛は取引を…

№433 その道の名前

「それゆえに、無智を原因とする行為から不死となる望みはない。解脱の原因は知識であるから、解脱は知識以外のなにものにも依存しない。」 ウパデーシャ・サーハスリーⅠ 11-15 昨年の今頃、筝曲で称号を頂いた。 受験のための数年に及ぶ準備も、実際の試験…

№432 自分の流儀

「刀は、鞘から抜き出されたとき、光輝くのが見られるように、認識主体は、夢眠状態において、原因・結果から自由となったときに、自ら輝くのが見られる。」ウパデーシャ・サーハスリーⅠ 11-11 子供の頃から習い事に憧れて、20代の初めに楽器(フルート)の…

№431 生命の智慧

" data-en-clipboard="true"> " data-en-clipboard="true">〈アーユルヴェーダ施術者の考え方〉 ・I treat, He cures. 「私は患者に治療という行為を与えますが、治してくださるのは神様です。」 ・1番の医学は Sympathy (共感)である。 先日、久々にアー…

№430 ここから先

「目覚めるまでは夢は真実であるように、アートマンの知識が得られるまでは、身体とアートマンとの同一性は真実であり、直接知覚などが知識根拠であることや覚醒状態も真実である。」 ウパデーシャ・サーハスリーⅠ 11-5 先日某所で仕事をさせて頂いた際、主…

№429 おまかせでお願い

「一切の生類の意の変容を、差別なく見ていて、この変化しない私に、なんらかの差別があり得ようか。」 ウパデーシャ・サーハスリーⅠ 11-3 数日間、遠出して仕事をしてきた。 昨夕、米子駅に降り立ったら山陰は秋になっていた。 生きていると実に様々なこと…

№428 いつまでも

「生類が監視者(ブラフマン)であることは、それだけで確定したことであって、監視者と異なるかに見えるのは無明に由来するのである。それゆえにその監視者との別異性は『君は有である』という言葉によって除去される。」ウパデーシャ・サーハスリーⅠ 11-1 師…

№427 理論の限界

「不二であるから、覚醒状態にあっても、熟睡状態にあるときのように、実際には二元を見ておりながら、二元を見ることなく、また同じく、実際には行為しながらも、行為しない人、その人がアートマンと知っているものであり、その他のなにものもそうではない…

№426 しあわせな腎臓

一昨日、透析患者さんのためのフォーラムに参加させて頂いた。 これは東京田端にある透析専門クリニック・OASIS MEDICALさまが毎年開催されているもので、今年で5回目になるとのこと。 同時に、今年新設されたLEARNING CENTERの公式のお披露目の場でもあった…

№425 存分に遊ぶ

「全く不二にして無垢な知識があるとき、偉大な精神の持ち主は、憂いも混迷ももたない。憂いも混迷ももたないときには、行為することも、生まれることもない。これがヴェーダ聖典に精通している者の確信である。」ウパデーシャ・サーハスリーⅠ 11-12 ヨーガ…

№424 「老化は病気」説

「名称や形態や行為とは別のものであって、本性上常に解脱しており、私はアートマンであり、最高ブラフマンである。私は純粋精神のみであり、常に不二である。」ウパデーシャ・サーハスリーⅠ 11-7 加齢、ということをどのように捉えておいでだろうか? ヨー…

№423 ほんとうにしなやかなからだ

「身体・感覚器官から起きる一連の苦痛は、私のものでもなければ、私でもない。私は不変であるから。なぜなら、この一連の苦痛は存在しないからである。これはじつに、夢を見ている人が見る対象のように、実在しないのである。」 ウパデーシャ・サーハスリー…

№422 陰で支えてくれるもの

「私は不生・不死であり、また不老・不死であり、みずから輝き、一切に遍在し、不二である。原因でも結果でもなく、全く無垢であり、つねに満足し、またそれゆえに解脱している。」ウパデーシャ・サーハスリーⅠ 10-3 茶道で用いられる道具に「茶杓」というも…

№421 甘えていいから

「私は清浄な見であり、本性上不変である。本来私には、いかなる対象も存在しない。私は、前も横も、上も下もあらゆる方角にも充満する無限者であり、不生であり、自分自身に安住している。」ウパデーシャ・サーハスリーⅠ 10-2 あなたには憧れの存在がいるだ…

№420 切に思うこと

「熟眠状態においては、認識以外のなにものも存在しないので、認識主体の認識は永遠である、と言われているからである。しかし覚醒状態における認識は無明に基くものである。それゆえに認識対象は実在しない、と考えられるべきである。」 ウパデーシャ・サー…

№419 経験を感じ切る

「一切の生類の統覚機能は、つねに私の純粋精神によって照らされるべき対象であるから、一切の生類は、一切智者にして、悪を持たない私の身体である。」 ウパデーシャ・サーハスリーⅠ10-6 人は生きていると、どうしても経験がパターン化していく。 いつも同…

№418 ほんものに触れ、愛する

「虚空が、風や他の元素の生起する前には、一切に遍満しているように、私はつねに唯一者であり、一切万有であり、純粋精神のみであり、一切に遍満し、不二である。」ウパデーシャ・サーハスリーⅠ9-3 先日、レイキマスター・マリコのお声掛けで、宝石のプロフ…

№417 ちいさくても確かに

「正しい知識根拠によると、外界の地は身体を構成している地と同じである。水などの諸元素もまた、すべて身体を構成している元素と同じであると知られるべきである。」 ウパデーシャ・サーハスリーⅠ 9-2 これまでの私の仕事にも生き方にも、大きな刺激を与え…