蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№424 「老化は病気」説

「名称や形態や行為とは別のものであって、本性上常に解脱しており、私はアートマンであり、最高ブラフマンである。私は純粋精神のみであり、常に不二である。」ウパデーシャ・サーハスリーⅠ 11-7

 

 

 

加齢、ということをどのように捉えておいでだろうか?
ヨーガでは、精神を鍛えていくことで、ある時点で内在エネルギーの逆転が起こると考えている。

もう少し分かりやすく説明すると、若いうちは肉体にエネルギーが満ち溢れているが、経験は少なく無智であり、精神的なエネルギーは低い。ところが年を重ね、出会う人が増え、経験を増し、知識を得ていくと精神的なエネルギー(智慧、と言ってよいだろう)は高まっていく。
そうすると、いずれ来る肉体的な衰えは精神の力で凌駕できるので、みじめな人生にならないと教えているわけだ。

 

ここで一点、ご注意を申し上げておきたい。
精神的なエネルギーが高いと感じているからと言って、それだけで肉体をなんとかできると思ってはいけない。
粗雑体(肉体)には粗雑体に対する適切なアプローチがあり、ケアがある

微細なエネルギーには確かに爆発的な力があるが、エネルギーを高めるだけでなく、それを収めることのできるしなやかな肉体を守り、養っていかなければならない。この身体は、柔らかくあるべきときには柔らかく、強くあるべきときには強くあることができるダイナミックなものだ。

非常に強い意思を発揮してこの現世でご活躍の方のなかに、単に容器である肉体のケアが行き届かないために、些細なことでお悩みの方が多くおられるように見受けられる。
例えば睡眠が浅いとか、リラックスの感覚が理解できないなど。
これは、通常のクラスで扱う同様の症状とは、わけが違っているように思う。

 

さて、話を加齢のことに戻すと、内的なものを育てられずに年齢を重ねていくと、肉体に引きずられるように精神も衰えていく。このことを「老化」と呼ぶのではないか。

アーユルヴェーダにおいては「老化は病気である」と捉えられる。
病気なので防ぐことも、治すこともできると考えており、ラサ―ヤナ(若返り科)でそれを扱う。人に施してもらうラサ―ヤナも、自分で行うラサ―ヤナもある。

あるクライエント様のご要望により、来年あたりインドもしくはスリランカでのラサ―ヤナ・ツアーを行うことになりそうだ。
これはアーユルヴェーダの施設に10~14日滞在してトリートメントを受けるもの。
心身内外の大きな変化が期待でき、しっかり若返って帰国できるだろう。

自分で行うラサ―ヤナは、毎日行うアサナ・プラーナーヤーマ・瞑想、そしてセルフ・マッサージや浄化法、食養生である。
若返るためだけにやっているわけではないが、結果的に心身をケアし滋養していると感じる。

自分のなかに、無尽蔵のエネルギーと通じる部分があると確信しながら生きれば、元気になれるだろう。

生きていれば日々色んなことがある。
どんなに訓練したと思っても、心の猿は現れてきて狂ってみせるし、身体も常に万全とは言えない。
それでも「自力だけで生きてるんじゃないもんな」と思える瞬間があると、元気が湧いてくるではないか。

老化予防のために内面を豊かにすることの前に、生かされているという満足の感覚を取り戻さねばならないのかもしれない。