蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№461 哀しみのレベル

本当の愛は、痛む。本当の愛は、あなたを自分を超えたところへと連れていく。したがって本当の愛は、あなたを打ち砕く。もし愛によって打ち砕かれなかったら、本当の愛を知らないのだ。           K・ウィルバー 「グレース&グリット」


 

大事なひとが逝ってから四日経った。わずか四日。

また来るからね!といってわかれた私に別離の実感はなく、これまでどおり、いつものように「何月何日から何日まで米子。○○(←お気に入りの美味しいお店)予約した。」というメッセージが届くように思うし、また会える気がしてならない。

しかし同時に、こんなに彼や奥さまのことを考え続けているのは、この世に現身をもって彼がもう居はしないことの確かな証左でもある。

生きているからこそ考えずに済む。喪ったからこそ思う。
生きているときよりも、意識して思うようになる、という言葉を与えてくれた人がいる。
それは救いのようであり、地獄のようでもある。

 

 

彼が死を意識していたとは思わないが(なにしろあまりにも突然だった)、2人で話しながら「奥さんには恩がいっぱいだね」とか「足を向けて寝られないよ」とか、「俺になんかあったら頼むぞ」などと冗談交じりに言い合っていた。

それが思わぬ約束となって私に迫ってきたからこそ、彼に、というよりも彼女のために私は東京へ引き返したのだと思うし、彼もそれを求めていたと思う。

今、私などの嘆きよりもはるかに大きな哀しみを抱えて、奥さまはなんとかかろうじて毎日を生きている。
朝晩様子を伺い、なるべく一緒にいられるように来月以降のスケジュールを考える。

でもなにひとつ私にできはしないのだ。
それは病院にいたあの数日間と一緒で、単に私の心を慰める程度の効能しか持たないことに気付きつつも、いったい誰のためなのかと自問しつつやり取りをする。

 

それはそれは広い交友関係を持っていた人で、好奇心も旺盛なのでどんどんそこに新しい登場人物が現れる。面倒見もよかったから、たくさんの人が彼に感謝を覚えているだろう。

関係性が遠いから、めったに会わないからといって、哀しまないわけではないはずだ。
彼とのほんのわずかなやりとりで救われた思いをした人も、きっと何人もいるはずだ。わずか数度の邂逅でも胸を引きちぎられるような思いをしながら、だれにも何も言えない人がいると思うのだ。

 

 

配偶者との死別は、人間が経験するストレスのなかでもっとも大きなインパクトを持つと言われる。これには関係性の質も当然かかわってくるだろうが、このご夫婦に関して言えばデータ通りという気がしてならない。
だからこそ心配で、個人の思いを体しつつ、自らの専門性も駆使してじゅうぶんにお支えするつもりだ。

 

 

哀しみにレベルはあるのか?
私にも彼との思い出がある。亡くした人を悼む気持ちも大きい。
しかし当事者ではないという思いもある。しょせん他人で、奥さんとは哀しみのレベル感が違うという自虐的な想いが拭い去れない。

 

どんなことでもそれを乗り越えるためには、いったんそのものと真正面から向き合うしかない。私もいつか必ず、この哀しみを真正面から見据えて格闘しなければならない。

 

いわゆる「身内」と呼ばれる人よりも、親密で感情的な関係性を私は多く構築している。今この悲しみを乗り越える過程で、「しょせん他人」などと思ってしまう自らの思考の在り方をこそ精査していかねばならないのだろう。また、それを考えよ、と彼に宿題を与えられたのだろう。

生きていればまた必ず、大切な誰かとのわかれを経験する。
今回の自分の振る舞いは十分に過激だったと思うが、それにご家族が応えてくれた。私のその振る舞いを奇異と思わず、情熱と思ってくれる人たちと生きていきたい。

 

こうしてとにかく目の前のことに向かっていけば、いつか誰かがきっと、なにも言わずに私の肩を抱いてくれるだろう。そのとき初めて、哀しみのレベルなどという愚かなことを言わず、ただ自分のなかにあるものを許容してやることができるような気がする。

だから今はただ、在るべきように、と思う。

 

 

№460 驚きをもって

死の側から照明(てら)せばことにかがやきて
ひたくれなゐの生ならずやも            斎藤史



恩返しというものが可能ならいつか必ずと思ってきたが、それを直接させぬ間に颯爽と次の世へいってしまったひとに、どんな形でなにをお返ししたものかと考えている。

いま、私は落ちついていることができるが、それを決してできないひとがいる。
その方のことをわたしたちはお守りしていかねばならない。そのために私は彼と出会い、こうして関係性を深めてきたのだと思わされる。

ひとの存在や関係性というものは実に不思議で、今、目の前で自分が経験している事象のみをもって判断することは決してできない。
このことをバガヴァッド・ギーターは「二極の対立の克服」という言葉で表現するが、人間の制限のある視力と浅はかな智慧ではなにもわかりはしないという謙虚さをもっていなければ、私たちは苦しみ続けるだけなのだろう。

 

不思議、という言葉を私たちは何気なく使っているが、その言葉のもつ意味を本当に理解はしていないように感じる。


「不審花開く今日の春」という禅語は殊に有名なので、茶を嗜む人ならよくご存じであろうと思う。なぜ今年も春はやってきて、毎年変わらずに花は咲くのだろうか、そのことの驚異をわたしたちは受け取り切らずに毎日流してしまう。


狎れたくない。なにに対しても、どんな活動にも。
毎日当たり前のように使うものに、昨日も弾いた曲に、何年も読み続けている本に。
美しいと思う場所に、好きだと思う音楽に。
そしていつもやりとりをしてくれるひとに、私を案じてくれるあなたに。

あたりまえではない、という気付きをもって毎日を生きることが「知足」の想いへとつながっていく。いつもそうでありたいと思っていたはずなのに、だれかと別れなければ自分の知足の想いが足りてはいなかったことに思い至らない。

満足していること、すべてに新鮮な驚きをもって生きること。
これを自らの肉体をもって日々学んで行ければと思う。

アサナ(ヨーガの体操)に取り組むとき、毎日からだが違っていることに驚かされる。思うように動かないときもある。でも私には、このからだが今この瞬間許されている。まるで自分のもののように使ってよいと与えられている。

からだはものではなく、人がしあわせを感じ取るための土台だと思う。そして、個人的なものではない。ないものねだりをしたり責めたりしないで、ここにこうしてからだをもって「わたし」がいる、という素晴らしさに驚きをもって向かい合いたい。このからだが世界と、そして人と繋がっていくための道具であることも思い出していきたい。
それがアサナというもののある理由だと思う。

いちばんの恋人として、だれよりも愛されたいと思って、あなたの体との関係性を作り上げて欲しい。大事にして、優しく気遣って、目をのぞきこみじっと見つめる。言葉はいらない。

愛してるよと、まず自らの体に言えるからこそ、限りある命を許されてここにいてくれる目の前のひとを、どこまでも深く愛することができるのかもしれない。自らも、目の前のひとも、できうる限り深く愛したい。
ときを重ねるごとに、以前の愛が浅かったと思わされるような、深まりを経験していきたい。

 

 

 

№459 充分だよ

立てるかい 君が背負っているものを 君ごと背負うこともできるよ  木下龍也

 

 

今は落ち着いた心持ちでいることができる。
ヨーガを通じインド哲学に触れてきて、この世にあると見えるものの移ろいやすさや儚さを私という存在の中に叩き込まれた。これは言葉によって叩き込まれた。それが少しずつ血肉となっていく過程を、いま生きている。

頭で学んだことを血肉とするには、実際の人生を生きていくしかない。経験が楔となって、過去の古い考えと新しい知識が混ざり合う機会を与えられる。

 

肉体に意味はないが、魂が今生で宿る宮殿として、その住まう処を清浄に調えたいという思いで心身に対する各種行法を行ってきたが、今夏はその宮殿側の重要性を教えてくれる人が立て続けに何人も現れた。

 

誰もに与えられているこの魂の宮殿の個別性、その様子、触れたときの感覚、そこから伝わってくるけっして目に見えないもの、これらもまた確かに、在る、ものであることに目を開かされた。

 

肉体など幻だといいながら、なぜ私はあの人の姿に胸が締め付けられるような気がするのか。ひとが私に触れて、目に見えない氣やエネルギーを与えてくれるとき肉体にはっきりとした感覚が生じる、それをマーヤー(迷妄)だと言われても理性的には否定しないが、確かにそこに在るものとして感じとっているではないか。

 

音楽を聴くときにお腹の中に響き渡るもの。三絃を弾きながら胸に迫りくるもの。
誰かを思って目に感じる熱さ、涙があふれること。掌であなたの肌に触れたときの温かい滑らかな感触。喧噪の中でも迷いなく私の耳に届いてくる愛しいひとの声。
どれも嘘ではない。幻であっても、今確かにここに在る。

生きていく中で制度があり、儀式がある。バカバカしいと思っても、従ってみせなければ前に進めないルールがある。
そこに無自覚に従うのではなく、意識的に参加していたい。バカバカしいと醒めた感覚で演じるように従うこともあろうし、あえてそのバカバカしさを自分の流儀として採用し、意識的な再調教を自分自身に施すこともあってよい。そのとき空虚な儀式が遊びになる。この夢の中でもとことん遊んでいい、むしろ遊ぶといい。

 

この世は迷妄である、という教えの対極にある確かな肉体の温かさ。
双方のバランスをとって私たちは生きる必要がある。

正直いって私はヨーガでこの双方を学びとれなかった。だから今、ヨーガとは関係ない方々が私に、先生のように学びを与えてくれている。

 

素直な生徒でありたい。
今感じている新鮮な驚きと、見えていなかった世界を見ることの喜びを、ダルシャナで鍛えられた言語感覚を用いて表現したい。せっかく肉体を与えられているなら、五感で味わえるものを意識的に味わいたい。ヨーガ教師だから制感を保って溺れることなく、と思ってしまうけれど、たまに逸脱することを恐れなくてもいいのかもしれない。枠組みにとらわれていることをこそ恐れるべきなのかもしれない。

 


今日、あるひとの肉体が火の力をもって五元素に還る。
そのひとはすでにそこにはおらず、この世界のあらゆるところに遍在している。いまここに、私のそばにいる。大事にしていたひとのそばにもいる。好きだった場所にもいる。
その肉体がまだ魂の宮殿であったとき、わたしに多くの感覚の楽しさを教えてくれた。主に味で、そして音で。

 

この先、絶対者ブラフマンになにごとかを祈ろうとするとき、幻だったそのひとの現身を思い出してしまいそうだ。すべて御心のままにと思っていますが、そこにいるならちょっとだけなんとかしてくれないかな? などと。

 

あなたと過ごした12年の歳月は、私と娘二人を大きく変えた。
あなたがいなければ、東京という街をこんなにも慕わしく思っていなかった。もうこの世で会えないことはまだ信じられないけれど、もう少し永く一緒にいたかったなどとはもう言うまい。充分だった、今ここに至ってなんの不足もない。

充分だった。


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「本来無一物」 わたしたちはそもそも何者でもないから、安心していればいい。



 

№458 泣いていいよ、と

体などくれてやるから君の持つ愛という名の付く全てをよこせ   岡崎裕美子


前職のせいなのか生まれつきなのか、声が大きい。
次女にはいつも叱られている。内緒話はできないね、ママは絶対に浮気はできんなと言われる。声が大きいからバレるそうだ。なるほど、そうか、浮気は無理か。肝に銘じておこう。

自分としては、ヨーガ実践やアーユルヴェーダの養生法の故に小さな心身の変動が敏感に感じ取れるため、いつも何かしら気になりながら生きている。食も相当節制している。
繊細なつもりで生きているのだがそれはどうやら本人の錯覚に過ぎないようで、やたら元気な人だと思われているようである。

ヨーガの先生になる前からなので、これは性質らしい。もしくは好意的に考えると、与えられた才能なのかもしれない。

自衛隊を辞した後、自分に対する不足感がいっぱいで、いま思い返すと「ばかじゃないの…」と思うセミナーや勉強会にたくさん出た。素晴らしい出会いを得られたものもあるし、素晴らしい教えに出会ったことももちろんある。

そういったところのワーク等で人と接し、その場の高揚感かはたまた変性意識状態にあったものか、何度かプロポーズをされた(*その頃にはもう結婚してましたよ)。

曰く、「あなたみたいな元気な人がそばにいてくれたら…」。
僕が幸せになれたり、仕事が上手くいきそうな気がするのであろうか。
それは大変な誉め言葉であることは認める。現在セラピストとして活動をしているわけだが、「なんかしらんけど先生のそばにおると元気出るわ」と思ってもらえなかったらマズイではないか。そう感じてもらえない有資格者は現実にはいて、だからこそヨーガ教師はこれだけの高確率で淘汰され消えていく。

ひとの心臓からは1.5mくらい先までなにかが出ていると言う。ここで専門的な話はやめておくが、これはスピ系の話ではなくエネルギーの話だ。
先生という呼称で呼ばれることのある者は、この自分の胸などから知らぬうちに発せられている何かに責任を持っていなければならない。

昨日イライラしたり、もしかして毎日夫に消耗させられていたりしたら、この発せられている「何か」の質や力は劣化するだろう。そのとききっと、私が思うに、先生が目の前の生徒から何かを吸い取ることになる。

でもこれもかなり複雑な話で、嫌な目に遭ったから即エネルギーが劣化するなどということではなく、大きな、生きる上でのダイナミクスの中で二極のエネルギーの波の中を鮮やかに泳ぎ切っていることが大事なのだと思う。上がったり下がったりでいいのだ。

ここでなんども書いているが、現在の家族を取り巻く制度やそれが孕む問題は実に根深いものがあって、その過酷な環境の中で逞しく生きていくためには、通り一遍の教科書的な対応では乗り切れない。特に女性は難しい。
社会で活躍し、自らもしあわせでいるために、女性は何かを超越した心を持っておく必要があると思う。

私の周囲にいる素敵な女性たちは、みなさんその超越した心を持っておられるように感じる。生きにくい世界の中でも、自由な心持でいることはできる。それは自分ひとりの在り様でそうすることができる。
誰かにしあわせにしてもらう必要もないし、誰か元気な人をそばに置いていく必要もない。

そのような魅力的な女性のひとりが今日、私を深く癒してくれた。
私がいつも元気そうで(声も大きくて、酒もたくさん飲んで)弱ることなどないように見えたとしても、生きていればいろんなことが起こる。

なにごとかがあったとき、いったい私はどこで泣けばいいのか。

哀しいことがあったとき、とにかく十分に哀しめ、泣け!、と私はアドバイスする。
さんざん泣いたら、人は顔をくしゃくしゃにしながら「えへ」と笑える。それは生そのものが人に与えてくれている力だ。

だから私を身近に感じて下さっている方々にお願いしたい。
「なにかあったらこの胸で思う存分泣け」と言ってくれ、と(男女問わず)。

それであなたの素敵な上着が私の涙や鼻水でぐちゃぐちゃになって、私の顔がとんでもなく醜くなってしまった頃合いで、「美味しいものを食べに行こうか」と言って欲しい。
その後も、涙を流しながら物を食べることと、「おいしい!」と照れ笑いをすることを交互に繰り返しながら私は間違いなく浮上していく。
その経験がものすごく哀しいことであったとしても、ほんの少しの哀しみであったとしても、その哀しみそのものと、あなたがこんなときにもそばにいてくれたことを滋養として、またこれから人に向き合って自分の持てるものすべてをさらけ出して生きていくことができるだろう。

なんてへんてこりんな顔だろう、と思いながら、優しく微笑んでそばにいて欲しい。
そしていつか私も、同じことを人にしてあげる。その覚悟はもう決まっている。
なにかあれば声をかけて。私にハグされながら泣いたらいい。

けっこう体格いいし体幹もしっかりしてるので、安定感あると思うよ。

№457 能動的に

11日間の不在。ウクライナに行っていた時よりも長いのではないか。
ようやく帰宅した。子供たちも「さすがに寂しい」と言い、私も夢中だったとはいえ久々に娘たちの顔を見るとたまらなく嬉しく、ずいぶん成長したように感じた。
長女がわたしの顔を見ながら「元気そうでよかった!」と言ってくれたとき、この子も大人になったと思った。

人は、今の自分を「十分に満たされている」と思えないかぎりどこにも行けない。そしてたぶん、不足感を抱いたままでは何も始まらない。
これは東洋でいうところの知足の概念。

私はすでにすべてをもっていながら、それを受け取りきれずに嘆いてばかりいたのだと気付いた。娘たちをはじめとして、私を気遣い、楽しいかしあわせかと案じてくれるひとがいる。そういう方々から頂いた力をもって、私は自分の仕事に向きあい、頂いた力をわかちあっている。そのことに気付いた。


不在の間休んでいたお稽古にも、久々に上がらせて頂いた。朝は茶道、夜は筝曲。
師の下で様々な経験をしてきたが、今日もまた二度とはないような出来事があった。
どんなことがあっても穏やかな笑みと共に、言葉少なく受け容れて下さる師の揺るぎない存在感に支えられてこそ、長い間稽古し続けられたのだと改めて思う。
このような方のおそばにあって、私もまたただ淡々と、今できること、今目の前でこの瞬間私に求められていることを尽くすしかないと思い定めることができる。

茶の湯の世界では10月は名残の季節である。
ある歳が、ある季節が去っていく。もう二度と遭うことのない瞬間が過ぎ去っていくことの寂しさと、そして一瞬の美しさを思う。
風炉は点前畳の中央に、お客様により近い位置に配置され、細水指が用いられる。
風炉の点前ももうこれでお仕舞、という寂とした空気のなかに「本来無一物」のお軸が掛かっていた。

何者かになろうとして努力してみたりしたとしても、私たちは名もない者でただそこに存在しているだけ。この世に生まれ出て、いつどこへ還っていくのかも知らない。いつか帰っていくところがどんなところかも知らない。
帰っていくことを怖がったり哀しんだりするが、そこは私たちがもともと生じた原因でもあるところ。だから本当は何も怖くもないし、このからだは教えのとおりだとするとただの物にしか過ぎない。

でもこの物としての身体をもって私たちは人と触れ合い、愛し合い、心地よさを感じたり、良い香りを聴いたりするのだ。有限のものをもって、無限のなにかと触れ合おうとする。

今日の稽古、この点前のことを私は二度と決して忘れないだろう。
心は鎮まりかえり、此処にいて茶を点てながら、今ここで会えるはずのないひとのそばにいるように感じる。私の心の奥底を、師が理解し優しく見ていて下さるのを感じる。
「お仕舞にさせて頂きます」のご挨拶を、かつてこんなに丁寧に言ったことがあっただろうか。いつも必ず先になにかがある心地で、言わねばならないからと、軽く言い飛ばしていたように思う。

点てた茶は表流らしく、池に月が映るようだった。

 

悲しむことも、苦しむこともしたくないから、好きだと思うものや人から身を引き離して生きようと思っていたことがあった。今もその思いが完全になくなったとは言えない。誰かに話を聴いて欲しい、甘えたいと欲する自分の心は醜い依存心のように思え、それを煩わしく思う気持ちもいまだに強くある。

でも没交渉で生きるよりも、人を愛したい、愛そうという能動的な想いに身を捧げる方がいい。時に恐れが心を揺さぶるとしても、すでに十分に愛されていることを思い出しつつ生きる方がいい。

 
 こんなにもふざけたきょうがある以上どんなあすでもありうるだろう  枡野浩一



 

№456 思考停止でなく

刻々にくり返す波として私は生きている
明日を知らないこのからだも
今日ならたしかに知っているのだ       

「陽炎」 自選 谷川俊太郎詩集

 

 

何かの決まりに従おうとするとき、いつかどこかで、なにかのために、誰かが仮に決めたものが定着し、それを変えたり工夫したりしたいと思いつつも面倒だったり話し合いがうまくいかなかったりして、渋々そのままになってしまった仮のルールについて論じているのだということを、私たちはいつも忘れている。

この世で確かなことはたったひとつ。
すべてはうつりかわり、なにひとつとして定まることがないということ。

それなのになぜ、すべてが決まっていて変えることができないように私たちは語ってしまうのだろう。ほんとうはなにもルールがないと知っているからこそ、目の前のひととのやりとりや、やりとりで知ることのできないそのひとの内面について尋ねたり、推し測っていこうとすることが大切になる。

正式な茶である濃茶を差し上げるとき、もっとも大切なお客様(正客)が一口お飲みになったタイミングをとらえ「お服加減はいかがでございますか」とお尋ねする。
お客様は「結構です」とお応えになる。この味は好みではないと思ったら点てなおしてもらってもいい。でも決してそんなことにはならない。

ではこのやり取りは形骸化した血肉のないものかというと、それは違うと私は思う。
昨晩も、茶道に憧れながら敷居が高いと感じ一歩を踏み出せなかった方と出会った。
ヨーガと茶道(さらにいうと元自衛官という経歴)が誰しも結びつかなくて、戸惑った笑いを漏らされるがそれは構わない。ひとは誰しも、そとがわから単純にわかるようなものではないから。

お茶という文化のうえにある茶道というお稽古でいったい何を学ぶのかといえば、これもヨーガと同じで非常に幅のひろいものを含んでいて簡単には言えない。茶は総合芸術ともいわれるので尚更だと思うが、そこを敢えてシンプルにそして乱暴にくくるならば、

・だいじなものをだいじにあつかう(客としての学び)
・ひとを大切に遇する(主人としての学び)

ということなのではないかと思う。あくまでも私の偏った考えである。

茶道には「お客ぶり」という言葉がある。客としての在り様を示す言葉だ。
客としてどのようにふるまうか、ふるまえるかは、実は点前よりも難しいこと。

席を同じくする人が毎回違う、そして人は日々コンディションが違う。そのときに隣にいるひとに問診のようなことをせずに、そこに寄り添う。

ヨーガのクラスでは必ず訊ねなければならない。「今日はどのような具合ですか?」と。訊ねない先生が多いのかもしれないが、ヨーガのように潜在力をもつ手法を用いるときに、相手の今のことを知らずに何かを提供するなんてとても危険なことだ。

でもお茶では聞けない。だから会話で推し測っていく。ご一緒する方(連客)を慮り、お茶を下さる主人(亭主)を慮る。このふるまいが、そのひとのお客ぶりによって差が出る。茶を学ぶことで私たちは素敵なお客様になっていく、なっていきたい。これがお客ぶりという言葉の示すところ。

感度を最大限に上げて、茶室という空間のすべてを感じ取りたいと思う。
床の間になにを掛けて下さったのかな。どんなお花を活けて下さったのかな。道具は、香は、使用される抹茶の種類やお詰め(茶店)は、お菓子は? なぜ今日、この季節のこのタイミングでこのようにしてもてなしてくださるのか。
そして感じ取ったことを適切に表現して、気付いています、喜んでいますということをしっかりと伝えたい。

お茶という学びを通じて、私は耳を澄ますことを学んだと思う。
言葉では語られないなにかに耳を澄まし、聴こえない音を聴こうとする。
このことがわたしの仕事や生活をどれだけ豊かにしてくれているか知れない。

既存のルールや形骸化した決まりに無感動に考えなく従うのではなくて、目の前のひとに耳を澄まし、また香を利くように内側の粘膜でなにかを感じ取りたい。その上で動き始めたい。
ともに過ごす人の問いに、おいしい、たのしいと申し上げるとき、その言葉が自分という存在の奥底から立ち現れる真実の言葉であるように、自分に決して嘘をつかずに生きられるように。



№455 愛すること

人間のいのちのちからに圧倒されつつ、数日間を寄り添わせてもらった。来週また必ず会えると信じ、それを確信しうる現象に触れ、いったん辞去して今は神戸に来ている。

コロナ関連の助成金を使って作られたという、ビルの屋上のオープンスペースでレッスンを行った。今日のレッスンが、このスペースの記念すべき初のイベントだという。
肌寒く、途中から小雨も降りだした。簡易の屋根はあるが雨は吹き込んでくる。
三宮近くのビルの屋上だが、ヒマラヤ感と苦行感たっぷり。
この劣悪な環境のなかでも、皆まったりとリラックスし心身の変化を感じ取った。ヨーガとは実にすごいではないか。手前味噌ながら。


先日来、人の関係性というものについて考え続けている。
家族は盤石のようでありながら決してそうではなく、意識的で豊かな関係性の構築は実に難しい。

 

20代の頃から親しんできた谷川俊太郎の詩集がある。
三番目の妻である佐野洋子の挿画で上梓された「女に」。これを初めて手に取ったとき私はまだ19歳。生きるということについて何も知らないこどもだった(今でもまだなにもわかってはいないけれど)。

これまで折に触れて紐解いてきた本ではあるけれど、先週ふと思い立って丁寧に再読したところ、むかしとは違ったように読めるような気がした。そんな自分になれている気がした。
これが成熟ということだろうか。10年後に、もっと違うように読める自分になれているだろうか。

 

三回結婚した谷川が、三人目の妻への愛を語る。

言葉を巧みにあやつる谷川の語る妻への愛は、ふたりの愛し合う人間のあいだに起こるドラマを抽象的に表現するがゆえに、その抑制された表現がよりリアルに生身の愛を感じさせて、言葉に触れるわたしの胸を熱くさせる。

制度内における自分の安寧を計算することなく、恋をしたことのある女性がどれくらいいるのだろう。この世で生きることは簡単なことではないから、結婚という制度も用いながら人を愛し、子を育まねばならない。そこで失われるものがあるとすれば、それはどんなことだろうか。

先日、規夫師匠との対話の中で、心身共に愛される感覚を持てていない人は心の奥底に言いしれない寂しさや虚しさ、そして怒りを抱え持っていることがあり、それが無意識のうちに周囲の他者に対する意地の悪さとして表現されてしまっているのではないか、という話題が出た。

愛されなくてもいいと思っている人はいないだろうが、愛するためには自分のなかに人に対する愛を内包できていなければならない。
私がしあわせになりたいと思う以上にあなたをしあわせにするために、私はいったいなにができるのか。

目の前の人に対する愛のために、潜水艦が短信音 ”Ping” を発信する(ピンを打つ)ように、本当のことを聴かせてくれと訊ねることができるだろうか。尋ねることで自分のなかの弱さや恐れが露わになり、惨めな思いをする可能性があるとしても、それでもいいから目の前の人を大切にしたいと思えるだろうか。

ヨーガの世界観の中では、「我執」というものが真実の我を覆い隠しているという思想がある。目の前の他者を通じて、私でもあり同時に他者でもある真実の我を確かに愛する行動の手前に、我執を弱めるという取り組みが必要なのだろうと思う。

私たちが取り組むヨーガという行法が、自らを自らの手によって癒し、さらに人をも愛するという行動に繋がっていけばよいと思う。また、そうでなければ、ヨーガの存在する意味がないとも思う。


「未生」  

あなたがまだこの世にいなかったころ
わたしもまだこの世にいなかったけれど
私たちはいっしょに嗅いだ
曇り空を稲妻が走ったときの空気の匂いを
そして知ったのだ
いつか突然私たちの出会う日がくると
この世の何の変哲もない街角で

谷川俊太郎 詩集「女に」より)

 

愛するということ

愛するということ