蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№493 寂しさ、一瞬の美

きれいごとばかりのみちへたどりつくわたしでいいと思ってしまう  笹井宏之

 

 

 

おなじ千家流で茶を学ぶ弟分がいる。
茶の禅的な側面を大事にする思いが似通っていて、ウマが合う。裏さんと表流ではこまかいことが違うけれど、兄弟関係にある流儀なので大筋は一緒。

 

彼のご自宅には、早逝されたお父上が造られた広間の茶室があって、数年前のお正月に初釜に招いてもらった。招かれた客のなかで茶歴が最も長いのが私だったので、僭越ながら正客(しょうきゃく。亭主と協力して場をつくる役割があるので、ちょっと大変。)を務めさせてもらった。そうさせて頂いた方が、ご亭主がお楽かなと考えたのだ。そのしばらく前に、師匠宅で正客の勉強をさせて頂いたこともあり、大きな粗相なくお役を果たさせて頂けたかなと思う。


ちなみに余談だが、正客さんとはなかなか大変なお役目なのである。
ご亭主とお客様をつなぐキーマンが、正客。亭主がどんな心づくしで準備をしたとしても、他のお客様があれこれ尋ねたいことがあっても、正客の気が利かなければすべてはなかったことになってしまう。作法、知識、気配り、目配り、空気づくり、それはもうたくさんの仕事があるし、「お尋ね」というトークまでこなさなければならない。

襖がすっと空いた瞬間に「どうぞお入りくださいませ」と亭主を促し、「今日はお招きを頂いてほんとうに嬉しい!」と伝える。点前中も、床のお軸を始めとする設えの説明を絶妙なタイミングで求めたり、「みなさん、お代わりはもういいかしら?」と他のお客様への配慮、「いま使っているお道具を見せて頂きたいわ」というおねだりをしたりする。道具の拝見が済んだら、「これはきっと語りたいはず…」という要点を尋ね、どんなに素晴らしくて感銘を受けたか申し述べ、ラストには本日こうして茶事に加わらせて頂いた喜びを、言葉にして伝える。
お茶って、本当に勉強になるんですよ。対人技術の粋であると思う。体得するのは実に難しい。一生勉強。


さて、弟分のお席の話に戻る。
お茶の仲間だねと言いながら、普段の私がこんな感じ(声が大きく、圧が強い?)ので、実際どんなお客ぶりなのかご不安だったに違いない。お席のあとで「壺井さんは、ちゃんとお茶を勉強しているひとなんですね」と言ってもらった。そう言ってもらえてよかった、ほんとに。

 

 

久々に会ったのだが、本当は8月に会う予定だった。その頃の私といえば、心理的な葛藤はあるし、体調が悪く食も受け付けられなくなっており、健啖家の彼とご相伴させて頂く気力と体力がなかった。そのため、今日まで延び延びになってしまっていたのだが、この夏、職場でとてもつらいことがあり、大きな孤独感のなかで寂しくお過ごしだったと伺い、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 

職場と家族という二つの関係性のなかで葛藤を覚えたとき、救いになるのはそれとは異なるコミュニティである。彼もお茶を長く学ぶ方なので、そこでの人間関係に救われたようだった。その第三の場で、豊かな関係性を育んでいって欲しいと思う。好きな人をつくって、いい報告を聞かせてもらえると嬉しい。

 

 

「ともだち」ってむずかしい。大人の友達関係ってなんだろう?
また、寂しさってなんだろう。近くにひとがいても寂しく感じたり、いずれ必ず果たされるであろう約束があっても寂しいことがある。誰かと今、この瞬間一緒にいるときにも、寂しいときは寂しい。

 

 

茶道でいう「寂び」とは、閑寂のなかに、奥深いものや豊かなものがおのずと感じられる美しさだという。村田珠光の「和敬静寂」という言葉が示すように、茶の精神のひとつとして数えられる。寂静、という言葉はヨーガでも用いられ、これは解脱を意味する仏語である。

 

一瞬の美しさを確かに感じ取り、それに感応する。それが茶の心であると思う。
稽古を休まず精進しているとき、季節はほんの数日で移ろってゆくことに気付く。
同じ炉の季節であっても、年が改まる前と後では違う。晩秋の今、しつらえは静かに落ち着き、枯れた風情で調えられているが、年が極まっていくとこの一年のさまざまなことが思い起こされ、ともあれ私たちがここでこうして、変わらずに稽古を続けられることの深い感謝の気持ちが表される。「無事」のお軸が、翌週には「先今年無事芽出度千秋楽」のお軸にかわり、新しい年への希望を含みつつ、ひとつの歳がお仕舞となっていく。

一瞬の喜びを感じ取る気持ちと、その一瞬が過ぎ去っていくことの寂しさに胸が震えることは、表裏一体であるように思う。

 

 

根が暗いので寂しい歌が好きである。つい繰り返し聴いてしまう。同年代女子ならわかるかな?
「スロウビート」 逢えば少しずつ傷付く気がして
「うそつき」   大人になるってなぜこんなに胸が苦しいの
「週に一度の恋人」 愛してなんて口にしたりしない 
「そうだよ」    もう二度と夢にも出てこないで     などなど…

こんな暗い歌を聴いていると、それでも今こうして過不足なく生きていることの幸せが、しみじみと湧いてくるような気がするではないか。やたらと元気な人だと思われている私は、ひとりでいるときには実に寂びているのだよ。

ああ、詫び寂びだなあ…
晩秋の中庭の病葉にも、春の胚芽が含まれているような気がする。


そういえば弟分は、今、桜材の炉縁をつくって頂いているらしい。桜材!!すごい。
裏山で倒れそうになっていた桜を伐採し、5年寝かせたものがいい感じの材になっていたから、思い切って建具屋さんにお願いしたと言っていた。

炉縁というのは、炉の炉壇の上にかける木の枠のことで、11~4月頃まで用いられる道具。無智な私は知らなかったが、桜材の炉縁は使えるシチュエーションが限定されており、炉の時期の、小間(四畳半以下)の茶事でしか使えない。なんともスペシャルな! その貴重な機会が「夜咄(よばなし)」、真冬の夜の茶事。

茶の稽古を始めた頃、当時の師に「あなたもいつか、夜咄の茶事に招かれるくらいまで稽古を積めるといいね」とお声掛け頂いたことを思い出す。

いよいよ時は来たか。
来年2月、お招きを待っています。お稽古がんばります!

 

 

№492 できることだけ

陽だまりにとめどない黄よ落葉はまた逢うための空白に降る  江戸 雪

 

 

 

Google先生が「四年前は茶会だったな」と教えてくれた。
これってなんだか、漱石の「夢十夜」みたいだと思いませんか。
「文化五年辰年だろう」
そういえば100年前にこの杉の根のところで…。
そう、第三夜。そんなことをいつも思わせる、Google先生のお仕事。

 

 

今日は子供の話。

4年前、表千家同門会鳥取県支部設立50周年記念式典、というものが開催された。
式典の翌日は各地区の先生方が釜を掛けられ、我が師は薄茶席を担当された。当時のお家元・而妙斎宗匠と、猶有斎若宗匠をお迎えするため、万事粗相のないよう準備を調えた。

若輩である私は席中でのご奉仕は許されない。数名の朋輩とともにお湯と下足の担当。大事な影の仕事である。ただし、このとき高校1年生だった長女はその若さを買われて、宗匠方にお菓子を差し上げる大役を仰せ付かった。
お席の外から耳を澄ませ、「子供の時からお稽古して、今は高校生で16歳…」とお家元宗匠へご紹介頂いているお声を伺う。母は嬉しくて泣きそう。なんとも愛くるしい年頃で、まだ少し子供らしさの残る姿が実に初々しく、記念すべきお席に花を添えたと思う。

 


Google先生が過去へと私を誘うので、時々見たくてたまらなくなる次女の試合動画をまたもや見てしまった。JK剣士がまだJKでなかった頃の動画である。


母の泣き声や叫びが入った聞き苦しい動画(複数)。
2本勝ちしたら「うそー!」、大きな声で気勢を上げれば「ううう…」と感激の唸り声。延長で辛くも勝負を決したときには「わあー!!」という歓声とともに何も見えなくなる。やれやれ。
でも見るといつでも涙が出る。このとき、娘は9年越しの夢を自分の力で叶えたからだ。

 

 

次女は長い間、勝てない剣士だった。
小学1年生で剣道を始めて以来、強くなりたい、全国大会に行きたいと思っているのが伝わってきた。憧れの選手への思いも強い。でも勝てない。
夢や憧れを持てる子は必ず強くなるから僕に預けて下さい、と言われて今の学校へ進んだものの、当時所属していた道場の関係者からは、きっと通用しないから挫折して他の学校に転校することになるだろうと言われた。

 

先輩方は個人でも全国に進むような方たちで、チームとしても男女三連覇がかかっている。ギリギリの人数なので、入部して即レギュラーで次鋒を任され、成果が出せるかどうか厳しい目で見つめられていた。連日の激しい稽古で食事は喉を通らず、どんどん痩せていく。「食べろ!」と迫る私に、「食べたくても食べれんのだわ!」と泣きながら叫ぶ。見ているのが苦しかった。

 

県大会の戦果は全勝。男女ともに三連覇を果たした。ようやく先輩方に仲間と認められ、居場所ができた。なんとそのときまで、話しかけられることすら稀だったという。勝てないのなら居なくていい。皆必死なのだ。

先輩方のうしろで県の優勝旗を手にした写真は、頬がこけ、厳しい表情。この先の中国大会と全中(全国中学校剣道大会)で責任を果たし続けられるのかを思い、怖いほど緊張していたのだろう。

 


団体戦では責任を果たせたが、個人戦では勝てない。自分のためには勝てない日々が続いた。だんだんと練習試合では勝てるようになったが、公式戦では勝てない。
それでも、3年生になる頃から「うちは全中にいく」とはっきり言うようになった。どこででも、誰にでも宣言する。見事だと感心した。昔から彼女を知っている仲間は、笑ってバカにしたという。

 


最後に彼女がとった戦略は、「自分のために闘わない」というものだった。
応援してくれる人のために勝つ。試合前日、「明日あなたのために勝ちます」というLINEをみんなに送ったと聞いた。もちろん私にも「ママのために勝ちます。応援お願いします」と。

彼女が個人で、中学最後の全国大会へのチャンスに手をかけようとしたとき、団体五連覇を目指していた男子が優勝を逃した。それを知って、米子北斗で誰も全中に進めないなんて嫌だ、と思ったという。自分の約束以外にも、部の皆に対する責任のようなものまで感じて個人戦に挑んだらしい。

動画を見ると、背後にいる男子は皆からだが斜めにかしいでいる。自分たちの敗北に対する悲哀が大きすぎて「今はそこにいないでくれるかな…」と言いたくなる重苦しい雰囲気。大会の花は、何といっても男子団体なのだ。前人未到の五連覇への期待に溢れていた保護者席もテンションが下がっていて、女子個人戦が始まったことに気づいていなかった。

 

誰かの「つぼちゃん、もうやっとるで!」の声で試合場を見たときには、すでに一回戦が終わっている。瞬殺、二本勝ち。その後も一戦一戦を制していく彼女に、塩を振ったもやしのようになっていた男子も少しずつしゃんとして応援(と言っても、拍手以外許されない)を始めた。
勝てない試合では声が出ない。この日の彼女の気勢は大きく、「ジュラシックパーク」に出てくる恐竜のようだと思った。ティラノじゃないけど、狙われたらヤバいアレ。


全中には、県から二名の出場が許される。だから、決勝戦で闘う二人は全中に行くことが決まっている。彼女は「優勝したい」とは言わなかった。「うちは全中に行く」としか言えなかった。優勝できるとは思い切れなかったのだろう。決勝で敗れたあと、私に縋って泣いた。準優勝の表彰状を手にした彼女は、眼が赤く腫れた悲しげな顔。

 

 

彼女はフロー状態に入ることができる。なかなか勝てない彼女に対して、指導者が決め技を限定して対策を打たせたことが功を奏したのかもしれない。少しだけ難しい目標に専心し、繰り返し練習することでその状態に入りやすくなると聞く。
1年のときの団体決勝でも、すべてがスローモーションになり周囲の音が聴こえなくなったと言っていた。3年のときは、1回戦からずっとその状態だったそうだ。この日の彼女は神がかっていたと、監督が言う。

 


悲願の全中出場を果たしたあと長いスランプに陥り、「自分は弱い、剣道辞めたい、死にたい」と泣いて騒ぐ日々が続いた。「ママ、一緒に死のう」と言われ、「嫌だ」と即答した。

娘の気持ちはわからないでもない。でもそれはとても贅沢な悩みだ。全中に進めるのは各県たったの2名だけ。皆がそこを目指すし、誰もあなたが全中に行くとは思っていなかった。喜びだけがあるわけがない。

親は全面的にあなたを愛し、あなたは心から目指す目標に向かって、恵まれた環境で優れた指導者に育てられ、一定の成果を挙げ、そのために挫折を経験した。存分に苦しめばよい。苦しんで生きろ。できることはしてやるが、できないことはできない。

でもどこまでもあなたを愛している。あなたが勝とうが負けようが、世界中の人に見捨てられようが、私はあなたを愛しているからなにも心配しなくていい。

 

 

1年経って、JK剣士となった彼女は間違いなく強くなった。強い彼女は誰にでも優しくて、いつも笑顔を湛えている。
人のなかには必ずネガティブな想いがあるが、彼女たちは武道を通じて自らの内面の怒りや葛藤を昇華させて強く優しくなっていく。それはとても素敵なことだと思う。強い人は美しいと、彼女がいつも言う。


2年前の秋、新人戦で負けたあとの彼女の言葉。

 アラジンの魔法のランプをもらっても「全中行かせて!」とか、絶対お願いしたく
 ない。「強くしてください!」っていうのもイヤ。お願いするなら竹刀かな。
 強くなるのも、勝つのも、自分の力でやりたいよ

 

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団体で全中出場を果たした4か月後。まだまだ険しい表情。

 

№491 心が肉体から離れて

てのひらにてのひらをおくほつほつとちいさなほのおともれば眠る  東直子
 
 
 
これまで、人生の大半を乖離傾向で生きてきたことに最近気づいた。遅い。
教えてくれた人がいるのだ、そのことを。 
 
私は根本的に家族というものを信用していない。
それなのに家族というかたちにこだわり続けてきた。いったい何がそうさせたのか、と思うとき、私を逆指名してきた二人の娘のことを思う。あの子たちが「こういう環境でよろしく」と決めてきたので私の人生がこうなっている、ということにしておくと心が晴々するような気がする。
 
4回妊娠し、そのすべてで入院をした私は「妊娠病気説」を採用している。
問題のない妊娠出産を経験した方は、そうでない女性に冷たい傾向があるように感じるが、私は対極の立場にいて、妊娠という異常事でにも普通に生活をしろという要求には断固反対する。過酷なものになり得るこの経験を、一般化することはできない。子供ができてしあわせだからハッピーにのりこえられるよ、などというおとぎ話は、夢のなかでどうぞ。ほら、結婚式も盛り上がるけど、そのあとはねえ。検査薬で陽性判定が出たときが一番嬉しい、たぶん。 
 
2回の完了された妊娠では、重症妊娠悪阻という恐ろしげな状態で約一か月寝たきりになった。ハムのような肉も脂肪も削ぎ落されて脚は枝みたいになったのに、体重は47㎏以下にはならないのは不思議だった。筋肉も体力も落ち、産後育児をしながら現役自衛官として必要な体力を回復させるのは本当に大変だった。次女のときはそれができなくて、人生が路線変更になった。
 
つわりとはどんな感じか? 男性の皆さんにもわかるようにご説明しよう。
一滴も飲んでいないのに二日酔いになった感じ。がっかり。ほんとうにそう思った。お酒、というご褒美はないのに、分解だけさせられるような。
ほら、私はあんな職場にいたので、「俺の酒が飲めんのか」と言われたら「いえ、とことん頂戴します!」と杯を空け、「吐きそうです」といったら「もったいないから吐くな!」と言われて育った。今はパワハラという言葉があっていいな。そんな風に飲んだ翌朝の二日酔いよりしんどい。そしてこの二日酔いは当分の間終わらないのである。
過酷すぎるので、人間が成長しようものである。
 
症状は人それぞれだと思うが、私の場合は水を飲んでも吐いた。もちろんなにも飲まなくても吐く。つわりがあるのは赤ちゃんが元気な証拠だよ、と言われても、なんでつわりがある人とない人がいるんだよ!と腹立たしく思うだけである。お母さんがどんなに苦しくてもあかちゃんは元気だから!と励まされても、素直に喜べるような心の発達はしていない。これが若い妊娠のデメリットだろうか。
 
つわりになる理由としてもっともしっくり来たのは、亡きお兄ちゃんが勧めるから受けた宿命鑑定で「あなたの中身は100%男性です」と言われたことだった。
今振り返るに、陽のエネルギー=男っていう説明は短絡的すぎるでしょうと思う。
曰く、私のいつか消え去る部分の75%は水エネルギー(+)、残り25%が火のエネルギー(+)。なんだかTSUBOIブレンドのマンデリン比率みたい。この水はたぶん氾濫して人を呑み込むような濁った水、そして沃土を運ぶ水であり、火は真夏に照りつける暑苦しい太陽の熱。更に、北と南、ふたつの帝王の星をもつんだと。
女性としては強すぎてどんな結婚も上手くいかないし、そもそも女性エネルギーがないのに子供を産むのは有り得ないことなので抵抗が生じるのは当然、と言われて「へー」と思った。
 
逆指名してきた子供たちの性質が強烈だから、私がこんな目に遭ったと思えば頷くしかない気がする。でもたぶん、この話をつわりのときに聞いても納得しなかった。 このことを私に言ってきた人たちはわたしに「強い」というレッテルを貼り、色眼鏡で見て話しかけてきた。以来、私はあらゆるタイプ論や鑑定の類が大嫌いである。
人を何かの型にはめようとする力学には、徹底的に抵抗したい。私はつねに自由で、変容しつつある。
 
 
冒頭の乖離の話に戻ると、私はやや機能不全の家庭で育ち、ふわふわと天井から自分を見ているように生きてきた。今、人間のストレス対処には、闘争・逃走反応だけでなく凍り付きという状態があることを私は知っている。私はながいこと凍り付いて、傷付く自分を平静に見ていた。そして黙して語らず、いや語れず、その時々に苦し紛れの選択を繰り返してきた。 
 
今、私はどんなところでも言葉が発せないことがない。どれだけの人数を前にしても、自分が本心から思っていることを語るだろう。誰かに嫌われようが知ったこっちゃない。親密な関係性で愛を囁くことになっても、「あなたが好き」と明確に言葉で伝えられるだろう。
 
ただこれは、乖離から脱する過程で後天的に身につけた能力だ。しかもそれができるようになってから、そんなに時間が経ったわけではない。長いあいだ、自分のなかの言葉や意思を人に伝えられず、代償的な行為や心身症的な症状で防御して生きてきた。
だから、雄弁なあなたはすごいとは言わないでほしい。諦めずによく頑張ったねと、そっと抱き締めてほしい。
 
 
ヨーガ療法が、心身症治療を正面から扱う取り組みで本当によかったと思う。内的なものを言語にすることを徹底的に訓練され、救われた。他の取り組みでも、師匠方は安全な環境のなかで私を守りながら、思っていることを言ってもいいんだよと促してくれた。
言葉が口元で止まって、血を流しながら胸に帰っていくようなつらい経験を、私はこの世の誰にもして欲しくない。 
 
ダルクに行ったとき、このひとたちはわたしと一緒だと思った。
両手の小指が双方ともない代表が「こっちはお祝い事、こっちは弔い事」と笑って小指を喪ったときの話をしてくれたときも、奇異な話とは思えなかった。この人たちの心がかつてどれほど脆かったのか、痛いほど伝わってくる。たまたま足を踏み出した道が少し異なっていたから、教える側と教えられる側という立ち位置の違いが生じているだけで、程度の差こそあれ、機能不全の家庭で内面に激しい怒りを抱えながら、自分の無念を天井から見下ろして生きてきた同志なんだと思った。私だってもしかして条件が合えば、酒ではなくてヘロインを買って、血を吐いて死んでいたかもしれない。
 
こういった人たちとの経験が今の私を作ってくれて、子供たちにも大事なひとにも、あなたが世界中の人から石もて追われても、私は傍にいて一緒にその痛みを受けたいと思える。たとえあなたが人を殺めたとしても、私は絶対にあなたの味方でいる。家族は多くの場合あてにならないことを、私は痛いほど知っているから。その代わり、誰の手を握るかは、私という存在すべてをかけて見極めていきたい。自由な仕事のやり方を選択するのも、そのためかもしれない。
 
実はたくさんいる。
乖離しつつ生きている人たち、身体への痛みや病として心の嘆きを受け止めている人たち。ほんとうはお兄ちゃんもそうで、この世でどうにか生き延びようとする仲間だった。だから、私たちはあんなに仲良くなれたと思う。
 
すべての痛みは心にある。あなたの腰には痛む深い理由がある。でも諦めなくてもいい。きっと楽になれる。私も何度も死のうと思ったけれど、今こうしてあなたのそばにいることができる。私はあなたのその痛みに、内側から寄り添っていたい。ただあなたに体操を教えているふりをしながら。
 
 
  

№490 ぼんやり生きてる

掘り下げてゆけばあなたは水脈で私の庭へ繋がっていた  笹井宏之
 
 
試験で帰宅の早いFJK剣士(高校1年女子のことをこう表現するそうである 。)
映画が大好きな彼女は、なぜかハリポタ熱が再燃中。「原作を読み返す」というのでAmazonで中古全巻セットを購入、巨大な箱が届いた。
その数時間後、白い毛布を体に巻き付けて家のなかを歩いている。訳を尋ねると「しろざりん」に入寮を認められたという。魔法学校に入学したんだ。それはお目出度いことだね、「越後獅子」を弾いてお祝いしよう。
 
 
最近の自分は使いものにならない。ただ生きているだけのような気がする。
 
心を占めるあることのためにぼんやりして生きている。そもそも人間がぼんやりしているのは前からだよと次女に言われそうだが、輪をかけてそうなっている。 夜になると、ある曲そのままに “Don’t you know, you fool, wake up to reality.” と耳の奥に繰り返し警告が聴こえてくるように思われ、ぼんやりしてしまう根本理由を解消したらどうかとありえないことを考える。朝になると根本理由がこの世に存在することの喜びに胸が震える。
人の心のこのような揺らぎを素材として、あらゆる芸術は生まれているのだと思う。心素の働きはありのまま自由に、私という自己はその豊かな波を力強く支える器でありたい。
 
 
 
大崎のスターバックスで規夫師匠に長時間のセッションをお願いしていた頃、一生をかけてやっていく活動の話になった。先生のその活動は何、とお尋ねしたところ、書くことを通じて人に何かを伝えていくことかなと言われた。今も先生は次の著作の執筆に当たられていると聞くが、文章や書籍は、誰かの頭のなかにしか存在しなかったものを広く伝えていく媒体として優れており、プライベート・セッションなどと比較するとその効率の良さがわかる。記された言葉を通じ人柄が伝わることも嬉しい点だ。新装版ILPには、10年の年月を重ねられた師匠の愛が細部にまで溢れていると感じた。 
 
私は、言葉から力をもらいながら生きている。
書籍や、誰かの一言、歌の歌詞に激しく胸が締め付けられる。 茶室に掛けられた言葉を、書いた人そのものとして扱う茶を学んでいるからだろうか? Yogaで内的なものの言語化を徹底的に訓練されたからだろうか。それとも、自分の内面にしか理解者がいないと思いながら生きてきた期間が長かったからだろうか。
言葉が与えてくれる力は、物理的な力となって心身に影響を与えるから、背筋をなにかが駆け上がり、血が巡り下腹部に熱が発するのを感じる。実際に誰かに触れることと言葉に触れることを比べることは、わたしにはできない。どちらもリアルで、重要だから。
 
 
みな、自分のなかにしかない“なにか”を表現しながら生きている。 このなにかを人に知って欲しいし、認めて欲しい。そのことが言葉となり、関係性となり、仕事となっていく。
 
使いものにならないわたしは、こうやってひたすら文章だけは書いている。 誰も読んでいないと思いながら、好きなことを言葉が溢れ出るままに書いているが、先日ママ友F さんと会ったとき「読んでるよ」と声をかけられて、思わず「え、なんで」と返してしまったが、公開しているのであるからどなた様が読んで下さってもいいのだし、有難いことなのだった。 規夫師匠の言葉を思い出しつつ、教室で生徒さんにお話しできる以上の“なにか”を語りたいと切望している自分がいることを感じる。その体操を今日選んで、今のあなたに教える理由を、一夜かけて語ってみたい。
 
 
3年前の今日、東京にいた。
銀座にある尾上菊之丞さんの稽古場で、友人で日本舞踊の先生である博美さんが「雪」を舞うのを拝見した。細かいことは忘れてしまったが、晩秋の東京の室内で、博美さんのまわりにほんとうに雪が舞ったように見えたことは鮮烈に覚えている。その数日前に上京し、やっぱりお兄ちゃんに美味しいものを食べさせてもらっている。青山のカフェでフォンダンショコラ、蔵前のダンデライオンエクアドルのチョコレート。
 
東京でレッスンを、と志したのがそのとき。
理由は、もっと頻繁に規夫師匠にお会いして勉強しなければと思ったから。 県の幹事長を務め、いくつかの事業の立ち上げに関わり、インド政府の認定資格ももらった。日本一人口の少ない土地なのに相当数の人に指導をして、クラスはキャンセル待ちだった。これは自慢話ではない。ヨーガ療法の世界で目指していたものを突きつめたはずなのに、何かが絶対的に足りないと思い、心が餓え、孤独感に苛まれた。 
 
Yogaがこの世で一番、唯一の優れたアプローチだと私は思っていない。ただ効率的で役に立ち、歴史の洗礼を受けた安全性が、人に提供されるうえで重要な意味を持つ点は素晴らしいと思う。 私自身はYogaそのものを愛し、その世界観を好んでいる。
自分というもののなかにアートマンという生命が宿っていて、その媒体を通じ、わたしのなかに全世界があなたやブラフマンと共に息づいていると感じているし、その至福をこそYogaと呼びたいと思う。でもそんなことは、要らないひとには要らない。それでいい。
 
規夫師匠に会うために東京で仕事を、という思いは、そのとき所属していたある勉強会の悪影響でお金もうけの話にすり替わってしまい、その後1年でなにもかもが嫌になった。ぼんやりと生きているのが精いっぱいだったのはその頃が最初で、今回が初めてではない。
 
でも、ぼんやりといいながら芸事は休んでいないし、茶道教授の講習は5年の満願を迎え、筝曲準師範の試験準備もした。お酒を造っているイタリア人を友人の酒蔵に案内したり、神戸で友達を作ったりしている。生徒さんは、私のぼんやりには気付かなかったらしい。
ぼんやり生きることが執着や作意から私を遠く離し、内側に息づくブラフマンにすべてを明け渡すことに繋がっているのかもしれない。結局すべて、これでいいのだって感じ。 だから今回も、たぶんこれまで知らなかった自由を見ることができる。そんな気がする。
 
 
Yogaとは生きることそのものだと教わった。 別の表現をするなら、意識すること、といってもいい。意識をしないのならば、たぶんそれはYogaのようにみえるYogaでないもの。
 
だからあなたが、自分が手にしたい何かのために体操をするとき、あなた自身を意識してほしい。私があなたと一緒にいて、あなたの話を聴くとき、あなたのなかにあってあなたもまだ気付いていないものを知ろうと耳を澄ますように、あなた自身も自分のなかにあって、あなたがまだ出会っていないなにかを見出していけるように、ただ感じて欲しい。 そっと目を閉じて、傍らにいる大事なひとの掌の感触を、愛おしむように。
 
そして、あなたがやったことではなく、感じたことを、私に話して聴かせて。
 

№489 すわる、ということ

体内にしたたる翠(みどり)暴れる日抱きとめられねば胸から跳ねる  陣崎草子

 

 

 JK剣士は中間試験のため稽古がおやすみ。今は、生きることの次に剣道に専心しているので、試験とはすなわち休憩である。毎日昼に帰宅し、賑やかしい。
今日は世界史の試験だという。「ねえママ。サルデーニャ王国ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世は、家族になんて呼ばれてたのかな?」ときた。そこ?エマヌエーレ2世の愛称気になりますか。ママも想像つかないよ。たぶん試験にはでないと思うよ。

 


さて、O先生が「この世から椅子が無くなればいいのに」というようなことを呟かれていた。

そうね、現代人の健康害の多くは、座りっぱなしのライフスタイルから生まれていると言われていますものね…。
先生の日々のお仕事は「生活で生じた痛み」を抱えた方と向き合っていくことが中心命題だろうから、その言葉は魂の叫び、そして嘆きだと思う。

 

ヨーガのアサナは実のところ「坐法」という意で、安定した快適な姿勢でどれだけ長く座れるかということを求めている。

座る、というのはなかなか難しい動作。

O先生はオンラインでの打ち合わせ中、微かに揺れていることがあるから、たぶんバランスボールに座っておられる?当然私も備えているが、普段はお箏の演奏に用いる安っぽい折りたたみ椅子を用いている。ニトリで500円とか? 高さが絶妙で演奏に最適。


長時間座る快適さを、私は椅子に求めていない。
初めてのお産のあと、腰痛と膝痛が悪化してソファに大枚をはたいたが、Yogaや茶道のお蔭で事情は一変してしまった。
正しい座り方、そして姿勢について学ぶことができたからだ。

椅子とは「腰掛」であって、必要な作業の際に相応しい用い方ができればそれでよい。正座、胡坐と椅子に座ることをその都度使い分けている。


茶道や筝曲を通じても、“座る”ということが、すべての動作につながっていることを学んだ。10年以上取り組んできて、最近ようやくこの重要性に気付けた。


点前をする場所にどのように座るかということを「居前(いまえ)」という。
炉に対するからだの角度は、点前によって明確な決まりがある。ほんの少しずれても、点前という一連のシークエンスに自然に対応することができない。
自然であるとは、無理なく美しいことである。

美しい点前は滞ることのない流れのようで、主客という関係のやりとりもその流れから生み出されていくように思う。ちょっとしたお声掛けをお客様がくださるとき、亭主は一瞬手を止めてお辞儀をする。
自分のやっていることにだけ夢中になっていては亭主という役目は務まらないし、点前だけに必死だったらその焦りや緊張感が席中に伝わり、空気が変容してしまうだろう。点前とは、実に複雑な学びであると思う。

点前座に座っているとき、畳をとらえている両ひざから下の部分で巧みに動きと安定をつくる。お尻を浮かせたり、身体を左右にねじったり、お腹の底に力を入れて湯の満ちた釜を持ち上げたりする。上半身は踵の上でスタンバイしているだけ。

表流では、正坐から立ち上がるとき「一足立ち(いっそくだち)」といって両足を揃えたまま立つ。手には道具を持っているので、膝を支えたりすることもない。内転筋、骨盤底筋群、体幹部の筋肉が上手く使えないとできない動きだ。時には、値も付けられないような貴重な道具を扱わせて頂くこともあるので、万が一粗相があっては大変である。立ち居振る舞いというのは、物や人を大事に扱うことと密接につながっている。


茶道は体造りも要求される身体の鍛錬だと感じる。
この点が理解できていないと、稽古を通じて体を壊す。膝が痛くて座れなくなったという理由でお稽古を止める人は多い。
我が師は様々な工夫と鍛錬で、80代になった今も稽古日の終日を正座で過ごされる。朝10時から23時過ぎまで、お疲れをお見せになることなく、穏やかな微笑を絶やされない。教わるのは点前だけではない。こういう優れた手本たる方のお傍で過ごすことができるのは、とてもしあわせなことだ。


筝曲の場合は、絃を単に爪弾くだけでなく、13本ある絃を滑らかに鳴らすグリッサンドのような大きな動きや、左手で強く絃を押さえて音を上げる、絃を揺らし音飾を作るなど多彩な動きがある。座りが安定していないと演奏に集中することはできない。また、筝曲は歌を歌うが(箏歌/ことうた)、幅広い音域を要求される。下腹部に土台がなくては、古曲らしい重厚な歌を披露することができない。


管楽器と違うと思うのは、この動きの多彩さである。椅子の高さが演奏に大きく影響するので、深く座ることはなく腰を預けているだけ。しかし同時に安定していなければ、指先だけで行うトレモロのような繊細な動作はできないし、どっしりとした歌声は出ない。動と静を瞬時に使い分けなくてはならない。

そういえば椅子に座って演奏することを「立奏」と呼ぶ。正座でおこなう座奏の場合も、すぐに腰を浮かせて左前方の絃を押さえられなくてはならない。羽ばたこうとしている鳥のように。

三絃の演奏では、右の前腕と右大腿で楽器の胴を支えている。坐る姿勢が崩れれば楽器の角度が変わり、左手と棹の位置関係は崩れ、ツボが取れなくなる。撥が絃に当たる位置が数ミリずれれば、生まれる音は変わってしまう。

 

 

ことほど左様に「座る」という動作は、さまざまな活動に大きな影響を与える。
座る、ということに対する概念を変容していった先に、健康はあるのかもしれない。その時初めて、O先生のお言葉の真意がつかめるのだろう。

多様な取り組みとYogaが関連し合いながら、私の心身を作っていることを改めて思う。

物事に出会うのも、人に出会うのも、すべてなにかおおきなもの(私が思うに絶対者ブラフマン)が決めていて偶然はないという。
芸という遊びがわたしの仕事を支えているのならば、遊ぶことも、人を愛することも、魂の冴えるまでやってみようか。

 

 

№488 からだの底

美しき胸鎖乳突筋をもて人はいくどか振り返りたり   永田紅

 

  

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初めての月命日。真っ白は寂しいから、少し色味を加えてもらったお花。



今日は亡きお兄ちゃんの月命日。一か月が経ったのか。

JK剣士の入門当初からお世話になっている先輩ママ、Fさんはお花屋さん。
同じ流儀(小原流)での名取さんでもあり、長い付き合いで仲良くさせて頂いている。
視野の狭い私の“ママ友”は、世界にこの方だけ。

亡くなったとき枕花をお願いしたところ、「夏に誕生日のお花を送ったばかりのに、なにがあったの」と聞いて下さった。そのお言葉が身に沁みた。

お兄ちゃんの誕生日は7月28日。今年55歳。うっかりものの私は3日早く花を送ってしまい、フライングの祝いだと二人で笑った。ほんとうの誕生日の前後、私は大崎に滞在していた。東京にいるときは一緒に出歩いたり、自宅にお邪魔したりしていたのに、なぜかこのときだけは「早く言わないと無理なんだぞ」と叱られた。後にも先にもこんなことで叱られたのはこのときだけ。いつも”なんとかなるさー”というノリだったのに。
もっと早く連絡していたらよかった。悔やむ心と哀しみは消えない。

 

 

まだ生きることを許されている私は、誰かの健康に寄与したい。
先日夜遅く、O先生と打ち合わせという名のおしゃべり。どこまでも拡がる話のテーマは、インテグラルな健康から離れない。

ビックリしたのは、O先生クラスの理学療法士さんになると、その方の体型(筋肉の付き方?)や動作を見ただけで、人が誰にもバレていないと思っている症状がバレバレなのだということ。しかも未来予知みたいなことまで仰る。
透けて見えるメガネならぬ、透けて見える眼力?!

あら腰が悪いのね、とか膝が痛むらしい、くらいのことは私にもわかる。
ところがO先生の話は、外からは見えない内的な筋肉が関わる領域の話なのである。
この話を伺って一晩寝て夢で発酵させたところで、今日は骨盤底筋について触れたい。

 

若いのに尿が漏れる女性が多い。多くは40代以降、早い人は10代から。くしゃみをしたら…という経験がある方は、少なくないと聞く。

 

なぜそんなことになるかと言うと、体の底をバケツのように支えている筋群の力が弱いからである。この筋群を「骨盤底筋群」と呼ぶ。


お産後の女性は身体が物理的にダメージを受けているので、直後からケアをすることが大切である。アーユルヴェーダでは、出産は人間が経験する最大の力(Vayuというエネルギーに晒される)で、肉体のみならず精神まで異常を来すと教えている。お産で頭がおかしくなることは、最初から含んである。インド人はさすがだ。
こんな状態になってしまう産後のケアが、その後の女性の健康に長くかかわっていくと、私たちの多くが知らない。その影響は、更年期や老後、そしてパートナーとの関係性にまでも広く長く関わってしまう。

このことの重要性を伝えようとすると、言葉では尽くせなくてその場で暴れまわりたくなる。病院等で指示される産後ケアはあまりにもお粗末だからである。素晴らしいケアをしているところもあるのかもしれないが、私の周囲には無い。

ヨーガを個人的に実践しプラーナーヤーマを体得している助産師さんによる指導ならばともかく、出産時の呼吸法練習も行き届かないし、底筋群のケアに到っては何を指標にして行っているのか不明確である。
それを指導しているあなたの底筋群は健康なのか?
肛門と膣と尿道を区別して動かせているのか?

妊婦さんは全くピンと来ていない状態で母親学級を受け、いつ刷ったのかわからんような古臭い冊子を元に「ひっひっ、ふー」とやっていることがある。
お産と授乳で疲労しきっているのに、生んだその日から自分で会陰を締める運動を効果的に行えるとは思わないし、その重要性は教育されていない。

エラそうに何を言っているのかとお叱りを受けるかもしれないが、母親やお姑さんが、娘や嫁をマタニティや産後のためのプライベート・レッスンに送り込んでくるので、私もリアルに向き合っている。

妊娠もお産も、呼吸と同じくパーソナルな経験なので、ママが満足いくお産をすることがなによりも大事。そのことが健やかな子育て、そして子供の発達の基礎になっていく。お産の過程で我慢をせず(病院側の都合に合わせない)、自分の流儀を貫く逞しさをもって、”産む”という稀有な体験を満喫して欲しいと願っている。

私個人は不幸な妊娠とつらい妊娠、そして満足のいく出産を経験した。無事生み出せた確率は50%。私にとって妊娠とは病気であり、キャリアを壊す力だった。今、結婚という枠組みに対しても、夫婦という関係性に対しても思うところが多くある。
それでも子供は多くを与えてくれる。子を持つことは、逆指名制度だから拒否は許されない。私にとって子供とは、救いを与えてくれる美しい蓮の花、そして闇のなかで道しるべとなるひかり。

  

 

 

女性の多くは体型を気にするがゆえに、身体を締める下着を用いていることが多い。
これが私は大嫌い、そして大反対!呼吸が大きく阻害されるからだ。
呼吸が阻害されれば、いつか心身の健康は阻害される。ヨーガ・スートラも教えるとおり。

 

呼吸という活動によって、胴体は全方向に動いている。吸ったときと吐いた時で胴囲に差が生まれるのが自然だ。
下着でこの動きを押さえてしまうと、自分の筋群がサボる。助けてやってもサボらないのは腎臓くらい?どこもかしこもすぐにサボろうとするのが人間のからだ。
「下着にやらせとけばいいんだよ」と、自らの筋たちに思わせていないだろうか?

 

 O先生にはバレている。
その筋肉の付き方ならばくしゃみをすれば尿が漏れるであろうことも、そのことが他の痛みと関連していることも。尿漏れに真剣に取り組まないと、認知症のリスクが上がっていくこともお見通しなのである。

 

だから、これを読んで「ヤバい」と思った人は、まずは自分のからだをちゃんと見ることからはじめて欲しい。美しい体型と言うのは健やかさと表裏一体だから、「ここをこんなふうにしたい」という明確なイメージを持って欲しい。

意識の力は怖いくらい強いということは、ここでも度々申し上げている。思っているようになるから注意した方がいい。特に体はモノであるがゆえに、精神の影響を強く受ける。
肉体は自己の宮殿と言われる。「私という自己は、こんな肉体のなかに宿りたい!」というイメージを明確にして欲しいと思う。健康へのイメージでもいいし、愛する人に美しいと言われたいという思いでもいい。あなたは、あなたのからだのなかでどこが一番好きだろう? 

ちなみに私は、上腕二頭筋と肩甲骨の境目?にできるえくぼが好きだ。姿勢に対する意識が保てていることを教えてくれる。ホルターネックの服を着るか、裸にでもならなければ、誰にも見えない。

 

注意して頂きたいのは、残念ながら世間一般で言われているアドバイスは役に立たないことが多いということ。
O先生と私は情報を取捨選択し、自ら、時には過酷な?人体実験を繰り返したうえでご指導させて頂いている。だから、私たちには阿吽の呼吸が成立するのかもしれない。自らが属する業界に対する客観性も、私たちに共通する視点である。

 

冒頭の歌にある胸鎖乳突筋(きょうさにゅうとつきん)は、耳の後ろから鎖骨の中心へとつながっている筋肉で、女性の美しさが映える部分である。
思わずキスをしたくなるような、胸鎖乳突筋も育てたい。Yogaでできるよ。

 

№487 自前のコルセット

君は君のうつくしい胸にしまわれた機械で駆動する観覧車   堂園昌彦

 

 

 女性にとって体型というのは重大な意味を持つもののようで、皆さん何かしら気にしておられるようだ。私はどうなのかと言うと、毎日朝晩、鏡で確認している。一瞬一瞬の理知鞘の働きと意思鞘による制御が、モノである肉体(食物鞘)に反映されると考えているから。

ヨーガでお教えするのは意識化と客観視。意識化の妨げになる余計な視覚情報はない方がいいので、教師の体型が明確にわかる服は着ないようにしてきた。無意識に先生との比較が起きることで理知鞘が障害するからだ。

あるスタジオと契約を結んでいた時、男性オーナーからもっと肌を露出するように言われ、バカらしくなって辞めたことがある。当時は“ヨーガ療法士”としての矜持みたいなものが高くあったのだ。今はそんなものはないけれど。
そもそもレッスンの最後には副交感神経が優位になり寒さを覚えるので、薄着では辛い。リラクゼーションが苦行になってしまう。

 

 

肉体の、どこをどのように気にするかは人によると思う。
特殊な環境にいたお蔭で、肉体はその気になればどんな風にでも変えられることを知った。何十キロも歩ける、毎日10㎞走れる、大地は這いまわれる。なんでもできるとわかると面白くなって、水泳や自転車を習って耐久レースに出て、飛騨の山で命の危険を覚えるまでスキーをした。当時の写真を見ると…、逞しい。腕がハムのよう。

当時は大きな筋肉ばかりを使っていて、心身細部への配意がなかった。
少し食べ過ぎると脇腹の肉(ハミ肉という)がだぶつくし、腕は逞しいのに二の腕は締まりなくたるんでいる。太腿の前側は強く張って太く、反り腰で痛みがある。油断するとお尻が垂れる。毎日こんなに運動しているのに!

 


3年ほど前にたった1年だけ、ボールルーム・ダンスに真剣に取り組んだ。
前年の研究総会のテーマが「認知症とヨーガ療法」で、ダンスは認知症に良いと聞き、熱心にダンスをやっている生徒さんに色々伺ったところ、なぜか個人レッスンを受けることになってしまった。

シューズはダンス専用のもので足の動きにしなやかに添うが、ほぼつま先立ち、そして小走りで室内を移動する。ヒール高は7㎝。

ダンスとヨーガの違いは、人に見られることを想定しているかいないかということが第一。本来ヨーガ行は人に見せるものではないが、ダンスは見て欲しい。そして美しくありたい。
次には相手がいる、しかも異性。ずっと片手をつなぎ、背には手が添えられる。
また、当然ながら音楽に合わせねばならない。
これは認知症予防に最高だということは理解できた。なにもかもが活性化する予感。

 

最も困難を覚えたのが、男性のリードに合わせること。
「僕のリードを待って!」「先に行こうとしないで」と何度叱られたことだろうか。
男性の手の動きに入る力を感じて、導かれるように動かないといけないという。「おいで」と言われるまで待てってことね。「黙ってついてらっしゃい!」という感じのキャラだったから、そういう路線は未体験。

 

ダンスのお蔭で、ハイヒールを履きこなすことは筋力を育て、結果的に女子の肉体を美しくするということがわかった。内ももと体幹が鍛えられ、お尻は上がる。
発表会でデモを披露して下さった90代のマダムの背筋はすっと伸び、スタイルも美しかった。背中なんてまったく曲がっていない。加齢は言い訳にできないことをマダムは体現していた。

レッスンは訳あって1年で中断してしまったが、今の私は10㎝ヒールもヘッチャラである。先日はJR境線に乗り遅れそうになって、ハイヒールでダッシュもした。が、1年ぽっちの取り組みでは、ヒールでも走れるようになるのが関の山なのである。上半身の課題までは克服されなかった。そういえば先生に「手が踊ってない」と叱られていたな。

しかし私はO先生と出会った。
理学療法士のO先生は、痛みに苦しむ人と悩める女子の救世主である。

打ち合わせと称してご相談すると、細かい注意点を丁寧に教えてくださる。毎日のルーティンでそのことを意識し、普段のなにげない姿勢に気をつけることで劇的な変化が生じる。意識化の力は怖しいほどに強い。「たったそれだけでこんなことになるの?!」ということが起きる。
ちなみにO先生は、体型を見ただけであなたの秘密がわかってしまうそうですよ…

神は細部に宿る。

もしあなたがヨーガを通じ、自らの存在を祝福するために肉体の美しさをも追求したいのなら、週に一度のレッスンだけではなく毎瞬の意識が大事になる。なにかで締め付けられたからだにくびれは生まれない。O先生曰く、女性らしい美しさとは、柔らかいしなやかさにある。

ちなみに以下の着意点は、一応のところはO先生に見て頂いた。
実際は個々の状況により大きく異なるが、カギは呼吸に伴う動きだ。いつも傍に恋人がいるような気持ちで優雅に取り組んでみて欲しい。

皆さんもいつかあなたのO先生に出会えますように。もちろん自分で日々取り組むYogaも忘れずに。


【食物鞘を美しくする着意】
・呼吸のとき、胴体が全方向(肩、胸、お腹、背中、脇腹、会陰)に動くように留意
・下着等でからだを締め付けず、呼吸に伴うからだの自然な動きを損なわないこと
・自分の肉体は自分で支える(自前のコルセットを育てる)
・重力に対してしっかり体を支える:大地から支えられている感覚を持って動く・座る