蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№509 狭いこころ

輪になってみんな仲良くせよただし円周率は約3とする  松木
 
 
 
12月13日
名古屋に向かう。明日は岐阜、そして夜は神戸へ。旅も後半に入った。
 
現在数名の方に対して、O先生とのコラボセッションをさせて頂いているのだが、これが実に面白い。ひとりの方のご指導に関して、細かい点まで話し合いをして情報共有をすることはあまりなく、お互いがとらえたものを抽象的に伝え合う。ときに一瞬「あれ?」と思うこともあるが、じきに解消される。実に不思議である。私たちは怖いくらいウマが合う。
 
あくまでも私たちは黒子なのであって、その方ご自身がもっとお楽になり、もっと活き活きと輝かれることで、世界に対して何事かを還元していって欲しい。そのためのケアをしていると思う。
 
施術前の対話のなかで、さまざまな話題が飛び交う。 体を見て癒すべきところを感じ取る大石先生の力と、「聞き出す能力が高い」と先生が評して下さる私のコラボで、これからもたくさんの方のお役に立っていかれればと思う。
 
 
今日も、家族ってむずかしいな、と思うお話を伺った。
ヨーガ教師だから体操の指導だけしているかというと、そんなことはない。伝統的にヨーガのグルの下には、皆が「どうしていいかわからない」悩みを持ち込んで相談していたという。人の悩みなんて時代が変わってもほとんどパターンが同じで、健康、お金、人間関係に集約されるという。 

それに対する対処法も根本的には変わらないと、師は仰る。だから私たちはその悩みに対処するための土台として、聖典や教典を読み込む。私はインテグラル理論にも触れてきたせいで、ヨーガの教典だけでなく周辺のものも知りたいし、知っておく必要があると思っているから、とりあえず心惹かれるものを読む。マイスター・エックハルトや、道元、ルーミーの思想は大事に思っている。今、コーランにも少しずつ目を通してみている。雑多な勉強だけれど、そこに貫かれる決して変わらないものを見通すことができるように、と思う。
 
この道を志して生きている者として、ヨーガ・スートラやバガヴァット・ギーターはほんとうに素晴らしいと心底思う。人がどのように病むか。心の働きが心身にもたらすもの。そしてよく生きようとするならば、ものごとのどちらかの極を選んではならないこと、結果に執着しないこと、観察者の視点を確立することが大事だと学んで、その教えに助けられながらこの10年を生きてきた。まだたったの10年だけれど、間違いなく楽になった。 
私のお兄ちゃんは55歳で逝ってしまったけれど、私はまだ生きている。そして自分が決して生きることのできない生を、人のお話を伺うことで体感させてもらっている。
 
なので、ヨーガの先生という看板で、実にたくさんの話を聴く。それはコーチングとかカウンセリングだと仰る方があるけれど、違うと思う。これもヨーガである。 いや、これが、ヨーガである。  ダルシャナという手法はあるけれども、行法はなんであれヨーガである。至福への合一、囚われからの解放を希求するある段階の活動として、話を聴く。

生きることのできない、多くの生を追体験させてもらうことで、わたしのなかに多くの経験が積まれていく。そしてそれを通じて、また他の方に向き合わせて頂く力を得る。
 
 

これまでに多くの結婚の悩みを伺ってきた。私自身も結婚に関しては多くの葛藤を経験し、思うところは多い。だからくりかえし、こういった話をお聞きすることになるのかもしれない。制度というもののなかで、自分らしく生きようとする女性の葛藤に寄り添えることは嬉しいことだけれど、お苦しみを目にするのは辛い。

でも必ずものごとには終わりがある。そして今感じている葛藤が良いわけでも悪いわけでもない。ただ、今、そう在ることから逃げぬこと。 
…ということが、そう簡単でないことは私も重々知っている。

だからうんうんと話を伺う。ただ聴くだけでなく、そのときフッと萌したものを言葉にして伝えていく。 こういったつながりが、一時的なものでないことが大事だと考えている。例えば単発で、苦しいときに予約して、ということだとつらい。だから次の約束があるといい。次はなにを話そうとか、きっと先生はこんな反応をするはず、という関係をいったんどこかで継続的に経験しておいて、その後に「じゃあなにかあったら連絡しておいでね」という関係性になれればよいと思う。
 
「きっと先生ならこう言うと思った」と、生徒さんが仰るとき、なにか揺るぎないものが私たちの間に生み出されていることを感じる。その何かを土台として、私たちは波のようにそこに遊ぶ。しんどい、と思うことがない人生なんて、この世にはないから。
 
 

私はべつにフェミニストではないけれども、男女の自立ということに関してはずっと考えてきた。前職にあるときに、子供の扶養をどちらにつけるかということで揉めたことがある。当時、私は夫よりも早く昇任したことでいきがっていたし、収入もほとんど変わらなかったから、実質的な養育を担っている私が保護者であるべきだと思って、担当部署と大喧嘩して扶養を変更させた。父親の扶養になんの迷いもなく入れるというのは違うと思い、一歩も譲らなかった。根性あるなと担当者に呆れられたが、今振り返ると不要なエネルギーを無駄に浪費しただけだったのかもしれない。 

残念ながら妊娠・出産・授乳は女性しかできないが、他のことはできるからやるべきだと、当時あの場所では思っていた。男性主体の世界で、女性にも同じようにできると求められ、様々なことを仕事や訓練として実際に行ってきたからこそ体感的にそう思っていた。
今は、自立し尊重し合った上で、滲み出る性差をお互い味わえれば実に豊かであろうと思う。が、同時に、それはかなり難しいことととも、わかっている。お互いが意識的でなければ。
 
前職を辞してこの道に入ったあと、いったん扶養家族になる道を選ばざるを得なかった。これが敗北のように感じられてならなかったが、子の養育という面に関しては間違いなくベストな選択で、母親が家にいるからいいこともたくさんあるのだとわかった。その環境を維持できるように、自分の仕事のやり方をデザインしていくこともできた。

今は扶養を外れたけれども、世帯主の名前でなにかが送られてくるたびに腹立たたしいと思う狭量な自分が残っており、救いがたいと感じる。 
心は広い方がなにかと便利、とJK剣士が言っていた。全くその通り。

ヨーガの達成も常に段階的であって、死ぬまで修業しなければ救われないだろう。
「今回がだめならまた次(いわゆる来世)でやるしかないね」という冗談がヨーガ仲間のあいだで言い交わされるが、あながち冗談とも思っていない気がする。