蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№316 呼吸とハラ

心身に症状がある場合には、単純動作の反復に呼吸を組み合わせた運動が非常に効果的だ。

スークシュマ・ヴィヤヤーマといわれる、地味で細かい“微細な”動きのすばらしさを、最近しみじみと感じる。実際にやってみたことのある方はわかるだろうが、ヨーガの体操では、呼吸と動きが連動されることが何よりも重要になる。

どんなにカッコよくポーズをキメても、呼吸が疎かになってしまってはいけない(効果が出ない)。呼吸は自律神経で調整された非常にパーソナルなものなので、人と合わせることもいけない。
ヨーガを通じて人は自分自身とより親密になっていく。人に心を取り込まれたりしたくなかったら、自分の呼吸のペースをしっかりと守ることだ。

若い頃、軍隊のようなところで訓練を受けた。
号令調整といって、大声で号令をかける練習があった。決まった言葉を決まったタイミングで、決められているルールに従って発声していくことで養われる何かがある。そういった行為の積み重ねを通じて、一般的には尻込みするような状況の中でも決められた行動ができるようになっていく。それぞれの音にも微細な意味や価値があるそうだから、号令をかけることで内面が変容していくことは道理だと思う。
しかしヨーガでは全く違うものを目指す。
自分の心地よい呼吸を、自分自身の感覚で、身体と心の両面から探求していって欲しい。



10年ほど前、まだヨーガ療法士になるための課程に在籍していた頃、インドから来た研究者の指導で「呼吸の意識化」を学んだ。残念ながら先生の名前は失念してしまった。SVYASAのナゲンドラ博士※だったかもしれない。

その時、先生が言われた言葉がいまでも忘れられず、クラスでもいつも口にしている。
「呼吸の意識化が完全に出来れば、アサナは不要である」

ヨーガなのに体操要らないんですか?!と、当時の私は思った。
でも今になって、その言葉の意味するところが理解できた(と思う。10年後に今の自分の無知を笑っている可能性はある)。

昨年からご縁あって、理学療法士の先生とのコラボに取り組ませて貰っているのだが、この先生との協働により、学会が推奨する指導法から一歩踏み込んで、生徒さんを見つめながら選択してきた細かなノウハウに、理学療法的なお墨付きが頂けたのだった。

日本のヨーガ実習者は50代の女性が中心である。若い人は目立つだけで、人口分布的には非常に少ないらしい。50代の女性がヨーガ教室に来るのは、どこかに不調があるから。ヨーガなら、なんとか自分にもできるんじゃないかという気持ちと、自分の症状にストレスが関わっているという自覚があり、ヨーガでなら何とかしてもらえるんじゃないかと思って教室に来られる。もっとパフォーマンスを挙げたくて来る人なんて、いない。

そんな方々に、立った状態でバランスを取るようなポーズをさせたらどうなるか?
転倒し怪我をさせ、有害事象報告を挙げることになる危険性が非常に高い。
なので、すべてを横になってやって貰ってきた(仰臥位、伏臥位、横臥位)。
基本は仰向けでできるポーズ。

初めての方には「寝ててもできるから大丈夫です」とご説明する。初心の方はいびきをかいて寝てしまうこともある。こんなやり方でも、腰痛、不眠症不妊症、パニック障害、うつ症状、腸閉塞の再発防止などの効果を挙げてきた訳だが、「危ないから寝ながらやった」ということが実は効果を産んでいたとわかった。

仰向けになって呼吸を意識し、吐くときにはハミングを使用することを通じて、体幹部の筋肉をしっかりと使うことに繋がっていたというのである。理学療法的には「腹圧を高める」という表現になるらしい。このことを伺って、これまで得た知識が繋がって、一本の線になった気がした。

なぜ、ハラでしっかり呼吸をすると、心理的な不調まで改善し、腰痛は改善していくのか。
腹と心は繋がっているのだ。日本人なら感覚的には理解できると思う。
が、身体的に理解できていない人が多すぎる。これは大いなる損失だと思う。実にシンプルなことなので、もっと多くの人がこの呼吸を自分のものにできるはずだ。

呼吸は心の状態を変化させる。
そして深い呼吸は、深層の筋肉を使うことで為される。
自ら呼気を調整しようとする取り組みは、いつか自然な呼吸に浸透していき、無意識にゆったりとした呼吸が行われるようになるだろう。

呼吸を深く行うと、深層の筋肉により内臓が刺激される。呼吸により心地よく働く内臓は、脳へこれまでとは異なる信号を送るだろう。筋肉の働きにより、体温も上昇する。腸も動く。そして脳や神経も、これまでと違う反応をするようになる…。

こういった働きは無意識になされており、幼少時にそのパターンが決まっているそうだ。
物事に反応するパターンを、ヨーガの呼吸と動きは変えている可能性がある。

とはいえ、呼吸から始まる身体活動を、肉体のレベルだけで考えるのはやめて頂きたい。
ヨーガの体操には、「快適で安定していること」という絶対ゆるがせにできないルールがある。ラージャ・ヨーガの聖典「ヨーガ・スートラ」に書いてある大事な決まり事だ。

あなたは、ヨーガをしながら安心していなければならない。
安全だと思える環境を、指導者は準備してあげなければならない。そして「無辺なるものに入定する」と言われる感覚を生み出す手伝いが出来なければならない。

ヨーガは人から人へ伝えられる。あなたがヨーガを体得したと言えるのは、目をそっと閉じたらすぐに、周囲の環境がどうあれ自分自身のなかで安らげるようになった時だ。

この大事な目的のために、呼吸と深層筋の関連が明確になったことを、私は心から喜んでいる。



※ナゲンドラ博士
米国の航空宇宙局やハーバード大学で工学研究に従事していたが、1975年にその地位を捨てて祖国インドに帰り、バンガロール市にあるスワミ・ヴィヴェーカナンダ・ヨーガ研究財団(SVYASA)に職を求めた。SVYASAで長年にわたり主任顧問医師として行ったヨーガ療法の医学研究により、英国医学会から終身会員に列せられている