蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№510 自信なかったな

空よそらよわたしはじまる沸点に達するまでの淡い逡巡   東直子
 
 
 
12月14日
金山駅から、名鉄で岐阜方面へ向かう。 
午後は三宮に移動。マグロで有名なあの大学の先生と、三宮の割烹・江川さんにて会食。その後、いつもの鉄板食堂へ。昨年11月に開催した「木次酒造蔵元杜氏と飲む会」に参加して下さって以来のお友達。おいしい日本酒をあれこれ頂いた。 でも、ダイエットして欲しいな、心配。

留守宅では積雪の予報。初雪の時は混乱するから気をつけて欲しい。警報発令なら学校はお休み。そのほうがいい。あたたかい部屋のなかで、今夢中になっている本を読んでいてくれればいい。
 

岐阜に向かうにあたって、犬山駅でさとちゃんが迎えてくれた。
犬山城の東にある庭園・有楽苑には、国宝の茶室・如庵がある。茶道に入門した翌年のお正月、ここでの初釜にドキドキしながら伺ったことがある。懐かしい。
 
犬山から各務原市苧ヶ瀬を抜けて、岐阜市に至る。
この各務原(かかみがはら)という場所は、19歳から10年間を過ごした思い出の地であり、様々な記憶が次から次に喚起される。時折、戦闘機の爆音が聴こえてくる。「聞いただけでわかるの?」とさとちゃんが言うが、振動を伴ったとても異質な音だからすぐに分かる。逆に、ここにずっと住む人には、なにげない通常の物音として認識されてしまっていることが興味深い。

基地には、当時の上司や同期がまだ勤務している。みんなきっと、ストレスを受けて老けているんだろう。老化は病気という教えを受けた私は、年々見た目が若くなっているような気がし、そう言われもする。先生として、そうある必要性もある。

30歳そこそこの頃が、今よりもっと老けて見えた。内臓の調子(特に胃と膵臓)が悪かったため、それが顔に表れていた。例えば法令線というのは、胃の辺りの調子と深くかかわっている。呼吸も浅く顔色も悪かっただろう。ストレス対処に何の知識もなかったから、それは仕様がないこと。 

10年前に先輩方と再会したときには「かよこは変わらんなあ!」と言われ、同期が激しくオヤジ化(肉体的にも、精神的にも)しているのに驚いたものだが、ギャップはますます開いているのかもしれない。みな定年という「ゴール」に向かって、自分の老化を日々感じつつ生きているからだろうか。
 
30代の頃、和装の着付けコンテストなるものに出場したことがある。
山陰で茶を嗜む人は皆、当然のように自分できものを着る。しかも私は筝曲も始めてしまったから、きものを着る機会が格段に多い。毎回美容院に行っていてはたまったものではない。しかも人から着付けてもらうと、苦しくてたまらないのだ。 

そこで、お茶とお箏で同輩のR子さんに頼んで、着付けの先生をご紹介頂いた。R子さんは一緒に職格試験を受け、芸の上での姉妹にあたる縁の深い方。彼女の着装はいつも隙が無く美しい。なによりも帯揚げの始末が最高にお上手。ご自身で着装される方には、このことの価値がお分かりだろうと思う。きものを着ることは誰にでもできても、美しく見せることは至難の業なのだ。
 
初めて着付けの先生のもとにご挨拶に伺った際、ご挨拶申し上げる私を先生がじっと見つめておられる。何事かご無礼があったかと案じていると、突然「コンテストに出なさい」と仰るのだ。わけもわからずひとまずお稽古の約束をして辞去し、R子さんにご相談する。すると「出た方がいいよ」とのこと。なぜかというと、間違いなく高い着装技術が身に着くということと、誰でもは出させてもらえないからというのだった。まず身長は重要らしい。なるほど。
 
そもそも美容やファッションなどには、人並み以下しか興味がないと思う。今も「インドに持っていけないものは要らないんじゃないか」と思ったりする。
更に問題なのは、私は10代の頃から容貌に対する強いコンプレックスがあった。自分はブサイクだと思って生きてきたからだ。そう思うようになったきっかけが何だったかは思い出せない。 こんな私がなぜコンテストなどに。
しかし、先生は一度見込んだら絶対に引き下がらないと有名なお方だった。これまでにも、根負けして出場した先輩方が幾人もおいでになる。
 
先生の熱意に負け、戸惑いながら出場に同意した。 既婚女性の第一礼装である留袖を舞台上で着装するという。タイムと着装技術、立ち居振る舞い、所作の美しさを競う、という建前になっている。
肩に着物を掛け、前身頃を手で押さえたところからスタート。袋帯を締め、草履を履いて、舞台前面に並ぶ。なんと最後には4分程度で着ることができるようになっていた。 もう少し軽い小紋のようなきものでも、30分から1時間かけてお召しになる方がいるというのに、である。

留袖というきものには「比翼」と呼ばれる部分がある。襟元等の二重になっている部分のこと。ここを美しく調えるのがかなり難しい。4分、というのは実はすごいことなのだ。 

当時のコンテスト用公式写真を皆さんの御覧に入れると、誰もかれもが大笑いなさる。貫禄あるとか、”極妻”入ってるとか。…皆様、ひどい。でも地方大会のとき、私をじっと見て「玄人さんですか?」と聞いてきたおじさんがいた。あの頃から、「ママ感」はバリバリに出ていたということか。
 コンテスト出場の結果は、中四国大会留袖の部第一位入賞。賞品は反物、しかも正絹。

地方大会は予選で、その先に渋谷のNHKホールで開催される世界大会がある。
日本でしかやってないから世界大会の名に間違いはない。外国人の部、というのもあるし。先生の野望はそこで「女王」と呼ばれる勝者を出すこと。これまで幾人もの入賞者を排出しておられる、全国的にも有名な先生でらしたのだ。 

でも世界大会では予選落ち。なぜ地方大会でも勝てたのかわからない。とにかく自分の容貌に自信がなかった。技術に自信は持てても。周囲の人が皆美しく見えて激しく凹んだし、予選落ちして悔しくて目が溶けるほど泣いた。こんなに気が強くて貫禄はあるのに。なぜ先生が、出場を強く勧めたのかもわからなかった。

今になって分かるのは、技術は身につけていても自分というものに根本的な自信がないから、舞台上ではまったくオーラが出ていなかったこと。地方大会までならそれでもなんとなくいけた。でもその先は技術の問題ではなく、たぶん発するエネルギーの差だったと思う。この場が楽しいと思える心の余裕と、自らに対する自信が発する、ポジティブなエネルギー。
 
数年後、地元で地方大会が開催されるにあたって再びオファーを頂いたのだが、実に過酷だったあのトレーニングをやり切る時間も気力も捻出できないと思い、結局はご辞退させて頂いた。コンテストを目指す過程で、皆が泣く。「そんなことは教えていませんよ!」と叱られて。先生はただ出場することに意味があるとは思っていなくて、みんな勝てる、その価値があると信じてお声をかけて下さっているから。そのことがようやく今になってわかる。だから私もきっと、強い自信を持てていれば、世界大会でも受賞できていた(かもしれない)。

先生は、着装というものを技術に高める高い言語技術をお持ちで、曖昧なご指導は絶対になさらない。着物はたった1枚の布でできており、洋服のように立体的な成型がされていない。だから、細部まで折り紙を折るように美しく着装せよと叩き込まれた。 

冒頭にも書いた「帯揚げ」と言われるものに関しても、この部分は三分の一、ここからは二分の一、胸に対してこの位置から折り曲げてこの場所に収める、ということが明確に示される。でも人間のからだは立体的だから、実際それに一枚の布を添わせていくのは、なかなか難しい。私は今でも、コンテストの恩恵ですばやく着付けをすることができるが、あのときのように完璧な着装はなかなか再現できない。
 
和装という装いを、洋服と同じように考えないことも教えられた。20代には20代の、40代には40代の美しさがある。その後、他者に着付けをする技術も学んだけれど、10代の娘に着付けるときには襟元を深く合わせ、帯は胸高にして、楚々とした若さを表現する。40代の自分が着る時には、襟元はやや広く、衣紋はたっぷり抜いて既婚女性らしい色気を表現する。60代にもその年齢にしか許されない着装があり、今の自分には太刀打ちのできない艶と美しさがある。帯揚げという小さなアイテムの見せ方も年齢やシーンによって違う。これが和装のもつ独特の香気だと思う。 

ちなみに、お茶では着物を着て点前をするので、ただ着るだけでなくそこに所作や立ち居振る舞いの要素が加わる。足を揃えたまま立つことが、美しい所作のためには肝要である。そういう美しい所作を産むのは、なんといっても体の軸となる骨盤底筋群や体幹のちから。着装技術といえど、肉体の使い方と無縁ではない。 

2年連続コンテストに挑戦したので、実はメイクなども複数回プロの指導を受けた。化粧筆などのアイテムも揃っている。普段はご存知のとおりこんな感じ(ヒマラヤ風)だが、たまに真剣に顔を造って会に出席すると、先輩に気付かれないことすらある。教室では「かよちゃんはほんとはスゴイ」という都市伝説があるらしい。先生の指示通りアイラインを太く、マスカラを濃くする。つけまつげをつけなさいといわれるが、そこは抵抗する。
 
来週はこの先生に着装をお願いして、娘の成人式の前撮りをする。小学生の時からコンテストに出したいと熱望されていた美しい子だから、きっと素敵な写真が撮れるだろう。親として至福である。

今は根拠のない自信と共に生きていられることも、また至福である。
 
 
 

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2回目の世界大会出場前。装道の合同修了式にて。