蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

かつていたところの記憶

先日、小学校の音楽授業の外部講師として伺った際担当して下さった先生が、かつて娘たちがお世話になった方でした。
授業のラストに、「この方々は、お仕事があるのに時間を作ってきてくれた」ということを児童たちに理解して欲しかったと見えそれぞれの職業をご紹介下さったのですが、なんと私のことを「自衛官です!」と。子供たちが「おお~」とどよめく。
いやいやいや、先生に出会った時には既に退職してましたよ…と心の中でツッコミつつ黙って笑顔でお応えしておきました。自衛官を続けていたら、筝曲もここまではやれなかったと考えられるので、間違いなく此処にはいないと思いつつ。

17年半在職していたのですが、そこでどれほど豊かな経験を積むことができたかを理解できたのは退職してから、しかも割と最近のことです。そもそも若く経験不足で、特殊な環境のなかで生活できることの価値が理解出来ていませんし、言語化をしてこなかったことも大きな要因だと思います。階級も低かったのでそこで意識できることも限定されていたことが今になって分かります。
何か後悔していることがあるかと問われれば、幹部候補生選抜2次試験まで受験させて貰いながら面接で辞退を申し出たこと。当時の家庭環境上仕様が無かったのですが、経験してみたかったなあと今でも思います。辞退するなら2次試験も受けなければいいのですが、幹部自衛官になりたいという気持ちをずっと持ってきたものを、1年に及ぶ入校ができないために辞退する私の思いを当時の隊長が慮ってくれた結果でした。私の自衛官としての経験などそんなに深みのあるものではないのです。確かに匍匐前進はできますが。

ヨーガの業界には「社会人としてダメなひと」が集まる比率が高いのですが、私がそんな中でこれまでやって来れたのは自衛官としてある程度の期間働いてきた経験があるからと思います。資格を取得したものの、約束や時間が守れないために指導を仕事としてやっていくことのできない人にたくさん会ってきました。
私の師匠はインド・ヒマラヤで10年に及ぶ修行をなさった方ですが、「自分に与えられた役割に対する深い悩みがあったからこそ修行を許された」と語られます。
スワミ・ヨーゲシバラナンダ大師は入門希望の者たちに対して、「まず社会でちゃんと仕事をしてから出直して来なさい」と仰ったそうです。
心の幼かった私は、以前多くのものに対し誤った恨みを抱いていましたが、ヨーガなどの学びで自分の過去と心の闇を再検証し続けるなかで、自分の中にある「心得違い」を少しずつ改めていっています。

「人生無駄なものなど何もない」という言葉は真なり。
近頃思いがけないことでお役に立てたのが「研究総会の司会進行」。
お師匠様に褒められた…ヨーガの事では褒められないのに…。
退官パーティの司会や航空祭総合アナウンスの経験がこんな形で役に立つとは思っていなかったですね。当時指導して下さった先輩方に今更ながら感謝申し上げます。