蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

No.727 サボってるあいだ

人間のいのちの奥のはづかしさ滲み来るかもよ君に対へば  新井あきら

 


7月31日
3日間サボりました。色々あって考え込むことあり。
今はのぞみ車中。この列車は広島止まりらしいが、そんなのぞみがあるとは知らなかった。岡山で降りるのでなんの問題もない。

前回乗り込む列車を間違えてしまったので、今日は慎重にチェックして乗ったのに、私の席に人がいる…なにゆえ? 車掌さんに助けてもらって、私の席にいた人が特急券をこれから買おうとしている人であることがわかった。頼むから切符は買って乗っておくれ。結局車掌さんが気を遣ってくださって仮に座っていた席に変更してくれた。やれやれ。

 

前回は27日(火)に書いたんだったな。京王線に乗って仙川に行き、気合の入った中華料理(冷麺と麻婆豆腐)を食べ、しげにいちゃんに誕生日祝いを伝えた。7月28日は56歳の誕生日のはずだったからだ。宿に戻って夕方から5件のオンラインセッション。
生徒さんのお悩みは多岐にわたる。こちら側の力量や経験値でどんな事例に触れさせて頂くか変わってしまうということに、自覚的でなければならないと思う。

その日はクライアントさんのお一人が体調不良とのことで、SOSが入った。Ayurvedaに基づく養生法をお教えし、「靈氣頼む」とのことだったので朝と夕方に遠隔で靈氣をした。靈氣に関して私はまだまだ駆け出しなのでこちらからお願いしてやらせていただくばかりだったが、最近は「やってよー」と求められるようになった。受けた方によるとなかなか効く?そうである。エネルギー・ワークに関してはまだまだ素人の域を出ないが、靈氣をしながらMessengerで「こんな感じじゃない?ここが痛いんじゃない?」とお尋ねすると「そうそう!」とお返事があり、「熱くなった」「軽くなった」という反応がもらえるから嬉しい。どういう方法であっても、双方が安全に健やかにハッピーになれるのは素晴らしいこと。

28日(水)、午後から人と会う。いろんなネタですごく盛り上がる。夜はCAVAを初めて飲んだ後、酔ってパン屋に入ってしまう。普段だったら絶対食べないパンを食べた後気を失って、気づいたら3時だった。

29日(木)、長女ぶーちーとカレーランチの後、思い立って大学見学に行く。キャンパス内で生息していたこりすをゲット。知る人ぞ知る”モラリス”、法華経の教えに通暁した偉大なるこりすである。中庭で石橋湛山さんと偶然出会い、お写真を撮らせて頂く。
戻って夜までずっと読書。寝る前にO先生と打ち合わせ。この日は、MおさんとK原さんからいかにも楽しそうなお誘いがあった。

30日(金)、突然思い立って日本橋三井記念美術館へ。重要文化財本阿弥光悦「雨雲」や野々村仁清のうさぎが飛び出る水差しなどを堪能する。三井の廊下で三菱一号館美術館のポスターを見て、タクシーに飛び乗って移動。国宝の稲葉天目を見た。

曜変天目茶碗で現存するものは3つのみと言われ、その全てが日本国内にある。静嘉堂文庫、h藤田美術館大徳寺龍光院である。藤田美術館のものは数年前にサントリー美術館で拝見した。この度は静嘉堂文庫所蔵のもので稲葉天目と呼ばれ、曜変天目の最高峰と評されるもの。

でもなー、なんかなー。好みじゃなかった。なんだか釈然としなくて、一旦帰ろうと有楽町駅方面へ歩き出したものの、思い直して丸の内・丸善本店へ行って曜変天目に関する文献を入手した。OAZOの前で熊に襲われそうになった(嘘です)。

その後某所で会食だったので、このことについて散々聞いてもらった。評判なんてものは誰かが勝手に言い立てるものだから自分なりの審美眼を養っていくしかないよね、という話になった。「最高峰」と言ってもらえなくても、私は以前拝見した五島の曜変天目が好きだ。一眼見て心を奪われて、そこから立ち去るのが辛いほどだった。そういうものに出会っているからこそ、「好きじゃないな」と思うこともできる。本物を直に見るのは貴重な体験なので、ぶーちーにもこの機会にこの茶碗を見ておいて欲しいと思う。


どんな目で見るか、いや、”見ることができるか”は自分の在り様が決める。

心の質には3つあるとYogaでは教えている。純粋で善なる性質(サットヴァ)、怒りに満ちた粗雑な性質(ラジャス)、妬み恨む怠惰な性質(タマス)。この三つを誰もがすべて持っているけれどもその割合が異なる。どの質を主に持って、ここに立っているのか?

誰かのことが気に入らない(と見える)時、あなたは自分のなかを見つめる必要がある。心は鏡のように用いるべきだ。そういう人になるためにYogaやAyuruvedaの実践はある。

人を慈しみ、ともに悲しみ、ともに喜ぶ、という行為が心を洗い、純粋な性質に近づけてくれる。しかし残念ながら今生ではどうにもならない人もこの世にはいるとのことなので、そういう人からは走って逃げてそれに関する記憶は捨てろとYogaは言ってくれているので、ちょっと感心するよね。