蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№608 センセイの研修

泣いてゐるものは青かり この星もきつとおほきな涙であらう  笹井宏之

 

 

 

3月22日
雨ですね。寒いですね。でもハクモクレンも、もう咲き出した桜もキレイで春がきたって感じ。

エイギョウブチョーは本社?に出頭した。
今日は不思議なことにぜんぜんお客さんがいなくてCAFFE VITA&門脇師匠貸切。私としては至福!

初めてこのお店に足を踏み入れたときから私はモカイルガチェフの大ファン。いつもは席に向かいながら「イルガチェフおねがいしまーす!」とオーダーするのだが、先日こちらで1年の修行を終えた長女ぶーちーから「モカならばマタリ№9もあるぞ」と促されたので今日はその1杯からスタート。

ここに来たら3杯は必ず飲むからね。まさかとは思うが「えー、コーヒー3杯も飲んだらお腹痛くなっちゃう」などという世迷言をいう方がまだいるとすると、あなたの飲んでいるコーヒーは酸化した古いコーヒーだから胃が痛くなったりするのであって、こちらのものはぜーんぜんそんなことにはなりませんから。インスタントコーヒーとか缶コーヒーとか飲んだら大変なことになるよ。体内の抗酸化物質が大量消費されてカラダが老けていく…ああ怖い。

このたびのチョイスはモカマタリ№9、トリプルショットのスペシャル・カプチーノ、最後にカフェコンパンナで〆。調子がいいときしかあまい飲み物を飲まないように気をつけているので、今回は絶好調ということ。やっぱりコンパンナは最高。

 



さて、本日は2020年後期認定ヨーガ療法士応用研修会にWeb参加した。
朝9-17時ぶっ通し。お昼ご飯を食べながらも対話が進行するという、心身に対する負荷を苦行レベルにまで高めた実に認定ヨーガ療法士らしいストレスフルで楽しい研修会である。

昨年10月にヨーガの師匠・木村慧心師が「伝統的ヨーガにもとづくヨーガ療法標準テキスト インド5千年のサイコセラピー ――ヨーガ療法ダルシャナ」というめっちゃ長いタイトルの書籍を上梓されたのでそれを元にお勉強なのであるが、リアルでもWebでも相変わらず叱られている。お勉強たりない、そんなんじゃダメ、もっと修行せい!と叱られ続けもう何年だっけ? でもいい話もいっぱいあるよ。ヨーガ療法の指導技術とヨーガ療法士育成教育の質に関しては、日本は本場インドを越えて現時点では世界最高峰みたいだね。師匠のご尽力の賜物と、聖典智慧、そして絶対者ブラフマンのお心ゆえですね。

 

さて、すみません。今日はあまり面白くない話が続きます。ごめんなさい。

ダルシャナっていうのは、カウンセリングみたいなものと思ってもらったらそれでOK。でもまだまだぜんぜん人口に膾炙してない言葉である。伝統的ヨーガにおけるセンセイと生徒の対話のこと。心身のどこかに悩みを抱えて教室を訪れる人がほとんどであるヨーガ業界の現状で、ダルシャナなしでAsana(体操)だけしててもお話になんないにかかわらず、世のなかのYogaクラスはいまだに体操やりっぱなしで生徒さんの状況など知らずに、効果も高いが危険度も高いAsanaを教えまくっている。ヤバい。

人って、自分で自分を観察(内省)するだけでは自分の変化はわからない。誰かに「それでいったいどんなふうに変わったんか?」を見極めてもらわないといけない。どんな取り組みもそうだよね。Yogaだって同じだよという、ただそれだけのこと。

 

でもこの大事なことがYoga業界ではなされてなかった。伝統的にはずーっとやってきた取り組みなわけで、師匠などはずっと悔しい思いをなさってこられたんだろう。今日ほかの先生のお話を伺っていても「フィットネスヨーガ業界では、生徒さん個々となかなかことばでやりとりできない」なんてことを言っている人がおられたんだけど、それじゃいけないと思う。

 

私が住むこのニッチな世界では「東京の一般的なヨガスタジオでポーズだけ教えてます…」という人は恥じ入るような顔をして小さなお声でそのことを言い、プライベートセッションとダルシャナ中心で指導をしているヨーガ療法士がそれを聴いて優しく微笑んでいる。

「一般のヨーガ」とは極端な表現をすると(口が悪いのは重々承知であえて言うが)この世界では蔑みの言葉である。この世界には私のようにヨーガによって癒され、そして指導者になる道を選択した人がたくさんいる。師匠はとても厳しくお口が悪い(ブラックジョークがすごい)ので、自らが癒されていない者が指導はできないことをハッキリと仰られ、今日もある方に対して厳しいお言葉を発されるのを皆が息を詰めて見守っていた。

しかし、この世にこうしてまだ生を受けている(輪廻の最中にある)ということそのものが病気ともいい、私たちは常に癒される過程にあるのだろうから、これは程度の問題なんだろう。人のネガティブな氣を引き受ける覚悟とエネルギーが発揮できる程度に病んでいる私が、さとちゃんや他のクライエントさんに向き合う。教えるものと教わるものの区別も、実はたぶん関係ない。絶対者の前でわたしたちはいついかなるときにも平等だ。


2022年5月、ヨーガ療法学会第20回記念大会がなんとこの僻地・米子で開催されるんだよ?! 総合司会もたぶんやることになるが、それよりなにより劇的な変化を遂げた方の節目を寿ぐつもりで、私も久々に症例発表をしてみようと決めた。

3年ぶりになるリアル学会、2000人くらい来てくれたいいのに。