蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№683 ほんとの大物

狂ひの子われに焔の翅かろき百三十里あわただしの旅   与謝野晶子

 

 

 

 

6月6日
先日JK剣士に「ママは声がちっちゃいからな~」と言ったら、「M本センセイと同じこと言うなよ」と叱られた。

よいこのみなさんに解説しよう。M本センセイとは、JK剣士が通うガッコウの家庭科の先生でありながら、鳥取県ゲゲゲの鬼太郎市にある道場の指導者である。当然剣道、そして七段。女性で七段ってかなり凄いことなんである。ちなみに、未だ女性八段(最高位)はいない。JK剣士は小学生の頃から合同稽古などでお世話になってきたのだが、たまたま数年前このガッコウに赴任しておいでになり更にご縁が深まった。JK剣士が敬愛する先輩を育てた恩師でもあり、海のように深い愛がひしひしと感じられる偉大な方で、ハハもご尊敬申し上げている。

家庭科のセンセイであるがメチャ豪快。へんてこりんな時期にいきなり留学でもない渡米をしでかして大いにひんしゅくを買った感のあるJK剣士に対し「いいなー!!私も行きたーい!!」と大声で言ってくれて救われたらしい。学校のどこにいても「あー、またM本センセイがデカい声で喋っとる…」とわかるほど声が大きいそうである。そりゃまあ剣道の指導者だしねえ。そのM本センセイは日頃「私、声ちっちゃいから」と仰るそうで、それと同じこと言うなよとツッコまれたのだった。うーん?ママはM本センセイほどのことはぜんぜんないよねえ。武道だって銃剣道たったの初段だしねえ。

 

 

さて明日から出張。今回は短い(当社比)。なのでコーヒーミルを持参するのは諦め、挽いてもらったツボイブレンドを発送してもらった。出張の後半には風味が飛んでいるだろうがそこはもう仕様がない。人間ガマンが必要なときもある。

長女ぶーちーが「そろそろマメが切れそうなのじゃ…」と中毒患者の断末魔の声(LINE)を寄越すので、今日はJK剣士を連れて出社したのだった。門脇師匠はJK剣士に「いらっしゃい、じゃなかった、おかえり」と声をかけてくださった。他にも、私に札を握らせて「頼む、これで豆を送ってくれ…」と縋る中毒患者が都内にいるので、こちらも早めに豆を手配しておいた。やはりこの味を教えてしまった者として責任は取らねばなるまい。安心しているが良い、都内の信者たちよ。これでしばらくは禁断症状に苦しまなくて済む。来月はスペシャルなアイスコーヒーをおまけにつけてあげるからね。


久々にJK剣士とドライブをして楽しかった。スティービーワンダーの曲を聴きながらアレコレ話をした。私は“My Cherie Amour”と"You are the sunshine of my life"が大好き。ま、そりゃみんな大好きよね。で、このCherieってどういう意味なんだろう、cherryかなあ?と言いあい、好きな人のこと「さくらんぼちゃん」って呼んだりするんかな、日本語でなら「さくちゃん」か?とJK剣士がいうので、その愛称で呼ばせて頂いているある方のことを思い起こしてフキ出してしまった。これをO先生が読まれたら同じくフキ出しちゃうだろう。さすがに「さくらんぼちゃん」って感じではないんだなあ。真相は先程調べてようやく知ったが、フランス語なんやね。そらわからんわー。

 

 

今朝、ある方との定期のセッションだったのだが、はじめAsana重視であったものがだんだんダルシャナに比重が置かれるようになってきている。現にこの生を生きることとYogaの智慧を結び付けて対話するというのは非常に豊かな経験で、語っても語っても語り尽くすことが無い。療法士仲間のSちゃんやY先生ともそんな対話を幾度もさせてもらい、その都度「やっぱりYogaはすごいなあ」という嘆息で〆られるので、今日の私の感慨を両先生が聴いたらすごく喜んでくれると思う。

Yogaを指導させてもらう機会を与えられて、ほんの僅かとはいえ時が過ぎた。この間にようやくアシュタンガ(ラージャ・ヨーガの八支則)やヤマ・ニヤマ(禁戒・勧戒)の言わんとするところや、それに関するわかりやすい解説を行えるようになったし、私自身も自分の修行が足りないという恐れや焦りのようなものから解放されて「だいじょうぶです、それでいいのだ、なんくるないサー」と平然と言えるようになった。時というのは偉大な教師である。まあ時間自体が幻だというので、なにかを知ったような気がするのも夢かもしれない。そもそもこのツボイなるものが幻なんだからして仕様がなかろう。そいでよかと、よかっちゃけん、である。


今日松江市内をふらふら走っていたときに「いやー、あの時、家を手放してほんとうによかった」としみじみ思った。かつて私は今よりずっと救いがたいアホで、約百坪の土地に52坪の家を建てて借金大王になった。建てることになった経緯がなにしろアホだったが、でもそれは愛だったと思う。愛が壊れたと思ったとき、なにがなんでもその家を手放したくてかなり激しいウルトラCを繰り出して家は無事手放せたが、私は今でも家人から恨まれていてたぶん一生恨まれっぱなし。それでもやっぱりあのときあの決断をして良かったなと思うし、あの経験があって良かったなと思える。

最近まわりにいるひとがフリ切れている人ばかりなので、当時私が自分のことを借金大王だと思っていたこと自体が間違っていたことがわかった。ホンモノの借金大王はケタが違い、愛のサイズが違う。私なんてしょせん小物なのである。だからこんなに声もちっちゃいし気も弱い。数年に一度風邪もひくくらい体も弱い。あと何万回か生まれ変わったそのときには私も大物になれるかもしんない。その日のために修行すべし!

そういえば今日、米子のナンチャッテ高島屋さん美術部からお電話があって「茶道具きたからお金払ってね」と言われた。アイヤー!と思っていたら「そんな金額でガタガタ言っとったら、マジチキンやで」と、マスターマリコの下で鍛えられてきたJK剣士にも言われ、こらもうハラ括らないかんわなあ。これでビビるところが小物であるが、「そのときの私はいったいなぜ『買います』と言ったんかな」とその当時の自分に説教してやりたい気分。いやしかし、道具との出会いは運命と言いますから。

さて明日の始発やくもに乗って、ほんとの大物に会いに行ってくるかね。
もう一人の大物の帰国も、首を長くして待っている。早く会いたいなあ。