蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№521 釜を懸ける

鳥の見しものは見えねばただ青き海のひかりを胸に入れたり   吉川宏志

 

 

12月26日
「聖地・ゲートシティ大崎のスタバ」で残念なコーヒーを飲んでいる。昨日午後、上京した。米子空港で預けた荷物には「メリークリスマス!お気をつけていってらっしゃい」的なメッセージが添えられていて、宿で荷解きをするとき胸が震えてしまった。やるじゃん、米子鬼太郎空港。

さて敬虔ではない仏教徒である私もクリスマスに便乗し、鳥取県には存在しない成城石井ビーフンと杏仁豆腐を買い、ひとりシードルで乾杯した。実にクリスマスらしい特別感である。ハッピー・メリークリスマス!

成城石井の杏仁豆腐には、とてもしっかりしたゼラチンがトッピングされている。このゼラチンが秀逸なのである。コラーゲンは老化という病気の予防のためには重要なので積極的に摂取したいが、単にゼラチンをコーヒーに混ぜると修行感が出る。「健康のためには我慢しかないんだ!」という気分になるから、本当はもっと美味しく摂取したい。その夢を叶えてくれるのがこの商品。ただやはり砂糖は使用されているから、出張時1回限定の楽しみと決めている。欲を言えば、杏仁豆腐を1/5に減らして頂いてゼラチンを増量して欲しい。そうなると商品名はどうなるのであろうか。イナカ者が選択に迷わぬよう、商品名は現行のまま「杏仁豆腐」とし「ゼラチン増!」と謳って頂けると悩みが無くていい。ぜひ検討して頂きたい。

そう言えば先日、名古屋でO先生と生徒さんから「かよちゃんもジャンクなもの食べることあるの?」と訊ねられて「うん、あるよ。成城石井の杏仁豆腐。」とお答えしたら「それはジャンクとは言わない。」と諭されてしまった。そうなんだ。でも砂糖入ってるからジャンクだよ?


さて、安否確認のためにこのブログをご活用の皆様、私は今、大崎にいます。山手線で品川の次の駅です。知ってます?山陰には知らない人がいるような気がする。私は知らなかった。ちなみに、今年仕事で行くようになった田端も知らなかった。この大崎は長女の大学があるところなので、今後ますます仲良くなっていく気がする。

鳥取で盛んに言われているように東京が”超!危険”な感じはまったく致しません。人は皆、至ってフツーに生活を送っておられます。米子角盤町と同じく、スタバも人でいっぱいです。ただしスタバのコーヒーの味はいつも通りです。仕様がありません。

今回はCAFFE VITAのドリップパックの持ち合わせがないため、魂を売ってスタバでカフェ・アメリカ―ノを飲んでしまった。コーヒーマスター門脇師匠に申し訳ない…と思い、代わりにJK剣士に懺悔したところ、「いつも門脇珈琲ばかり飲んでいると、ほんとうに美味しいものの価値がわからなくなるのじゃ」という天の声を中継してくれた。そういえば亡きお兄ちゃんからも「旨いも勉強、不味いも勉強」って言われていたっけな。


大崎のスタバが私にとって聖地なのは、規夫師匠と初めて会い、その後数年間のコーチングをずっとここで受けていたから。
初めての時、私は受講予定だった統合医療学会認定療法士セミナーin東京大学鉄門講堂をブッチして、ここにいた。初めてお会いしたときの規夫師匠は、結構小柄だった(これ言っていいのかな?)。ところが数年の間にお体をどんどん鍛えられて、ボディもヘアスタイルもダイハードのブルース・ウィリスのようになった。マッチョなスキンヘッドである。しかも今年、コロナ禍で在宅ご勤務中に髭まで伸ばされた。「ハゲ×髭」はイケメンの鉄板。規夫師匠をどこまでも敬愛する私は、スキンヘッドの人を見ると萌えてしまうのだが、これに髭が加わると最強よね!

 

 

ここまで書いて、いったい今日はなんについて書くつもりだったのか忘れかけていることに気付いた。いけないいけない。

表千家で茶道を学び“同門会”という会に所属する私。毎月必ず1日に冊子が送られてくる。そのまま「同門」というタイトルで、お家元宗匠(猶有斎宗匠表千家15代)や而妙斎宗匠(14代)のお言葉、お家元の稽古場のご様子などがうかがえる貴重な冊子である。

 

今年、なんども言っているけれどあれもこれも行事が無くなり、張り合いの無い年になってしまった。
筝曲の場合は、今春、職格者として本部の定期演奏会で初舞台を踏むはずだったのにお流れになってしまい、そこで弾こうとしていた「越後獅子」も凍結状態。今の自分の技量にとって背伸びをした難解な曲と、演奏会のために格闘して向き合い、挑むことは芸を磨いていく上でとても大事なことなので、それがフリーズしてしまったのはとても悲しいこと。職格者として修めねばならない曲はまだまだあるので時間はいつまでも足りないのだが、演奏会でご披露するために、先輩方との合奏を通じてとことん弾きこむのと、「やっとかないといけないからやる」のとでは身につきようが違う。

事程左様に「人様に披露する」という行為は重々しいものがある。芸の世界でもヨーガの世界でも、学びを深めるためには”師範“の立ち位置で人に教えるつもりで挑むことを求められるが、それと同じく”稽古でない場=ご披露の場”を求めていくこともとても重要である。それが例え内輪のおさらい会のようなものであっても、舞台に立つことは重々しい経験となる。こんなに年齢のいった私が職格試験に挑みたいと思ったのも、ある年の弾き初め会で、宮城道雄先生の「さらし風手箏」を同輩のR子さんと合奏したことが大きなきっかけとして、ある。

箏二面の合奏曲で、テンポも速く華やか。最終的には先輩の力をお借りしての合奏となったが、演奏後に、厳しいことでことに有名な尺八の先生が「この曲をここまで仕上げて見事である」旨仰ってくださったことは、先の道を求めるために強く背を押す力となった。

 

茶道では、茶の正月である11月に行われる茶会、年明けの初釜、そして講習会が中止。講習会は年に1度、講師以上は二日間連続できものを着て、2日間正座し続けるという過酷な会だが、これもまた普段の稽古では味わえないものを多く頂ける貴重な会である。

この講習会が無かったことを受け、同門会では毎月1度の冊子以外に、別冊を特別に発行して下さることになったという。題して「釜を懸ける心がまえ」。同門会理事長の三木町宗匠によると、「開催できなかった講習会の代わりとして、この別冊同門の刊行に到った次第」とある。有難いお心であるとおもう。同じく「叶わぬこと多き一年でした」のお言葉も、胸に染み入るように思われた。同じことを心に感じておられる方々が、どれほどおいでになるであろうか。

 

この冊子の内容に関しては詳しく触れることはしないけれども、どうしてもご紹介しておきたい一文がある。文章は、内弟子を経験なさり普段地方講習で講師を務めて下さる方のものであるが、ゆかしい伝統を守る表流らしくどの宗匠がお描きになったかは明記されていない。さすがだと思った。皆様お家元宗匠の下で茶を学ぶ者として、誰かが特別であるということはないとのお心の顕れだと思う。表流のこの在り様を私は心の底から尊いと感じ、この道を歩むことを許されたことをこの上なく光栄なことと思う。


「お茶は五十歳、六十歳になり、本物の諸々が身に付いた時、いかようにも対応でき、融通無碍の境地で、主客が一体となり、悠久のひとときを共有できる」

今のこの国では、若いことやお金を持っていることがもてはやされる風潮にあると思う。
しかし私が身を置いている文化はすべて、若さは無智であり愚かであることを知っているし、お金で買えないものにこそ真の価値があることを理解している。
今私は40代で、もし未だに前職のままだったら、定年を目前にして後輩や部下から頭を下げられる立ち位置にあったのかもしれないが、今私が生きる世界のなかでは私は圧倒的に若輩者である。それは実にありがたいことで、今こうして生きる中で私に関わって下さる年長の方々に、心からのお礼を申し上げたい。

もし天がそれを許してくれるのであれば、50代、60代、そして師匠のように80代になった自分の目で世界を見、経験してみたい。その年齢になり得たとき、今の自分を笑い飛ばせるような道を、弛みなく歩んでいかれればと思う。