蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№219 安心しているか?

今朝のクラスでは奥深い対話がなされた。
私たちは、自分というものを、小さくて儚いものと勘違いして生きている。

ヨーガでも、自らをヒツジと勘違いして成長した仔ライオンの例話がある。
ヨーガの思想では、私たちの存在の最奥の部分には「真我」がいるとされている。
それなのに私たちは、真我を運ぶための馬車(肉体)を私そのものと勘違いして生きている。

今朝、ある方が、金魚の水槽を見て感じたことを語って下さった。
小さな水槽の中で生きる金魚は、その世界がすべて。
私たちは自分自身の妄想によって、水槽を作り上げているかもしれない。
「自分は小さな限りある肉体に過ぎない」という誤った信念を基に。


さて、来月お会いする予定だった方が、現在ご療養中だ。
ご養生の助けになるようなものを、ここに書いてみたいと思う。

ヨーガは体操から始まる。
体操を行うことで、自分の考えていることに改めて気付くことがある。これを意識化という。意識することで、自分の肉体を苦しめている思考を、止めたり滅したりすることを目指す。

意識せずにいると、肉体の反応も偶然任せになる。自分の肉体なのに、思い通りにならない物体を押し付けられたような気になることも生じてしまうだろう。

なので、自分が何を考えるかを意識する。
思考の種類によっては、脳内で扁桃体が反応してストレス・ホルモンの分泌を促す。
ストレス反応が起こっている限り、あなたは苦しむことになる。

だからストレス反応を止め、自らを助ける努力をする。
肉体を何とかしようとするのではなく、自分が世界をどのように受け止めているかを調べる。

少なくとも、今この瞬間、あなたは確かに生きている。
静かにゆっくり息を吐き出すことに集中すると、身体的な不快感は和らいでくるかもしれない。
こうしているだけで十分だ、安心だと思えた時、意識せずとも息は深く吐き出される。
その時、あなたの脳の中も普段と状態が変わっているだろう。
そもそも心が乱れ、呼吸が乱れたところから肉体の不調が始まると「ヨーガ・スートラ」は語る。
穏やかな精神状態、そして呼吸の中で、肉体にも癒しが起こる。

まず、自分が、自分を癒したいという思いを持ち、生きていることへの感謝を捧げること。単純なことかもしれないが、このことがこの上ない治療となる。

ヨーガとは、平穏な時からこういったことを鍛錬し、いざという時にその技量を試す。その繰り返しのこと。

どうぞお大事に養生なさってください。
1日も早いご本復を、心よりお祈りしています。