蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№523 身代わり その1

ゆうぐれの森に溺れる無数の木つよく愛したほうがくるしむ   木下龍也

 



今日はまず初めに。
ここしばらく自らに”2000字超えルール””を課したゆえに、結果的に4000字くらいになってしまうという事態に陥っていましたが、「その気になればちゃんと文章書けるんだ!」と思えたので修行は終了し、読んでくれているかもしれない方の利便性のために文字数を減らして更新することにします。

あんな長文をへこたれずに読んで下さった方に、心からの御礼と感謝を。
挫折じゃないから!愛ですから!!



12月28日
数年ぶりにだいちゃんと会った。亡きお兄ちゃんと、五反田の某所で出会ったときの四人の仲間のひとり。研修の変性意識状態のなか、うっかり私(既婚)にプロポーズをしてしまったという暗い過去を持つひとである。その後無事に、したくてたまらなかった結婚ができて本当によかったね!

枡野浩一の歌に
「けっこんて血の痕と書くほうですか?それとももっと残酷なもの?」
という作があって、昨日久々に会っただいちゃんから聞いた話はちょっとそんな感じの匂いがした。まあみんなどこも似たようなもんだから、なんくるないサー。次は蒲田で、餃子とビールで飲もうねと約束した。豪邸に泊めてくれるというが、“けっこん”の具合は大丈夫なのか。巻き込まれるのは怖いよ…



さて、先日ある方に「HHhH」という書籍について暑苦しく語ったら、なんと早速映画を見てくださったという! すごく嬉しい。

このへんてこりんなタイトルは “Himmlers Hirn heiβt Heydrich”(ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる)、という言葉の頭文字をとったものである。
2010年ゴンクール賞最優秀新人賞を受賞したローラン・ビネのデビュー作であり、日本では2013年に出版。映画は「ナチス第三の男」というタイトルになっているようだ。

実は私はまだ見ていない。
見たらハマって、また小説を再読(いったい何度目なんだ)してしまったり他の調べ物に没入してしまうこと間違いなしだからである。今のところ映画に関しては「そこにいてくれるだけでいいの。私はそれで満足なの。」、そんな気持ち。

ちなみに、ハイドリヒ暗殺=エンスラポイド作戦に関する映画は他にもあり「ハイドリヒを撃て!」なら既に見た。それを見たあとも「ワルキューレ」を見たあとと同じように、図書館に通っては購入が叶わない資料を探し回ったりして、使いものにならなくなった。
いや、そんならいつもは使いものになっとるのか、というそもそもの議論は置いておいて。


それにこの映画を見るなら必ずJK剣士にも見せたい。私たちは映画を紹介し合う親子で「これ絶対見といた方がいいって!!」と力説、時には説得して、視聴した後は語り合う。ほんとはJK剣士がもっと本を読んでくれるようになったら、紹介したい本がたくさんあるのだが。この本に関しては、たぶん彼女には小説の形式でない方がいいと思うので、映画でOK。

 

規夫師匠は大学時代に、ナチがやったことについてご研究されていたのだそうだ。詳細は省くが。先日初めてそのことを伺ったのだが、私が若い頃から抱いてきた興味関心をアカデミックにご研究されていた方に師事することになっていたなんて、全く知らなかった。何かしらのご縁というか、Yoga流に絶対者ブラフマンの采配ともいうそんなものを感じる。

 

なぜに私のようなものがこの方面に興味を持ったかというと、小学5年生の頃に「夜と霧」を手に取ったからで、当時ならば霜山先生の訳で写真が添付されている版であったはず。全文を読めたとはとても思えないから、たぶん霜山版には挿入されている写真に、強いインパクトを受けたのだろう。

当時私が育った家庭はそのような心の動きを受け容れるどころか、受けとめる余裕さえなかったので、いったい私はその打撃をどのように消化したものであろうか。
消化しきれなかったからこそ、今もこうしてナチスの残虐行為に関する書籍を読み続けているのだろうか。

 

もうひとつきっかけを見出すとすると、長崎市の東部に育ったことが大きいと思う。
私の住んでいたのは戦後長崎市編入された新市街で、日見(ひみ)峠というところを越えて旧市街へ入る。むかし、東から長崎へ向かう際、早朝出発するとちょうどこの峠で日の出を見ることになったからついた名だと聞いた。

この峠を越え、なだらかな坂道を下っていく途中に聖母の騎士修道院がある。
街に出かけるとき、そして高校に進学してからは毎日この道を通った。路線バスに乗っていると、時折神父様も乗って来られる。全く面識がなくてもご挨拶をした。祈りの街と言われる長崎とは、そういう土地なのだった。

聖母の騎士高等学校のHPによると、「本校の設立母体は、イタリア・ローマに本部がある“コンベンツアル聖フランシスコ修道会”です。およそ800年前にイタリア・アシジで活躍した修道士・聖フランシスコによって創立されました。この修道会を初めて日本に伝えたのがコルベ神父です。」とある。

九州の西、更に長崎の中心街からも外れたこの地に、1981年2月に前ローマ教皇ヨハネ・パウロII世が、翌年4月にはマザー・テレサまで訪問している。
この宗教の文化においてここがかくも重く扱われるのは、ひとえにコルベ神父のゆえである。

続きは明日。

 

 

ナチス第三の男(字幕版)

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  • 発売日: 2019/08/07
  • メディア: Prime Video