蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№364 性格が変わる

ヴェーダ聖典の読誦、護摩供養、布施、厳しい苦行などを行じても、この世では汝以外にはこのような我が姿を見ることができた者はいないのだ。」
 バガヴァッド・ギーターⅩⅠ-48

 

 

ヨーガを体操と思っているひとは「ヨーガと哲学との関連」と言われても何のことかと思われると思う。
インドには六つの哲学の学派(シャッド・ダルシャナ)があり、ヨーガはそのうちの二つ、ヨーガ学派とサーンキヤ哲学から大きな影響を受けている。


なので、ヨーガの先生ならよく知っているはずの「ヨーガ・スートラ」を始めとする様々な書物を通して、心身で得た気付きと古来伝わる智慧のあいだに、自分なりに橋渡しをしてみようとしている。

 

インド哲学の正統派の体系はすべて、ひとつの目標をめざしている。
「完成による魂の解放」

人間一人ひとりは人類の背後に横たわる無限の大海に通じる、一本の管に他ならないとラージャ・ヨーガは断言する。
欲望と欠乏は人のうちにあり、それを満たす力も人のうちにある。

自然界には粗大な現れと精妙な現われがあ。
精妙な現れは原因、粗大な現れは結果である。
粗大な現れは感覚でたやすく知覚できるが、精妙なものはそうはいかない。
ラージャ・ヨーガを修行すると、もっと精妙な認識ができるようになる

ヨーガに出会って自分の性格がすっかり変わってしまった、という話は実践者のあいだでよく出る話題だ。
ちなみに私にヨーガの智慧を授けて下さった師は、今はヨーガ療法の普及のために世界を飛び回っておられるが、人生に悩んでヨーガに出会ったお若い頃は、人前で気軽に話ができるような性格ではなかったと伝え聞く。
講師養成講座では3年のうちに数回の心理テストを行うが、タイプがすっかり変わってしまうということもよく見聞きしたものだ。

 

最近の脳科学の研究の中で特に注目すべきは、休んでいるときに働く脳のネットワークである。それは脳の正中(右脳と左脳の中央)にあり、帯状回を中心としたネットワーク。

例えばアルツハイマー病など、さまざまな精神疾患帯状回の機能低下が報告されている。このネットワークの異常が、多くの精神疾患につながっていることがわかっている。

このネットワークは自我と強く関係しているという。
帯状回の自我を創るネットワークに腫瘍などの問題が無ければ、それだけでアルツハイマーにもならずにしっかり生きていけるかというと、それは違うと感じる、と脳外科医の篠原伸禎氏が述べている。

成長して環境が変化するとともに、脳の使い方が変わっていかなければ、どうも幸せに生きていくことが難しいようだ、と。

子供の頃につくりあげた物事に対する反応のパターンを、ずっと維持し続けている人が多い。このパターンは「幼少期の自分向け」なのでいずれ機能しなくなるのだが、そのタイミングでものごとがうまく運ばなかったり、健康に問題が生じたりということが起こるのだと考えている。

ではその問題をこそよい契機として、これまでの反応パターンを意識化し、大人になった自分としての客観的な判断のもとに対処法として改めて確立し直す必要がある。

記憶というものは頭のなかにだけあるものではない。
特に強い感情を伴うものは、肉体に残る感覚として記憶されており、意識化がより難しい。

身体からのアプローチを、ラージャ・ヨーガが基礎段階の実践として位置付けているのはとても大事な意味のあることで、肉体を通じて心を客観視し、心の変化を生じさせている媒体を制御するということが即ち、脳の使い方を変えるということになっているのだと思う。

脳の使い方が変われば神経の働きにも当然変化が生まれ、結果的に性格が変わったと感じられるのだろう。まず自分で変化に気付き、身近な人にそれを指摘されるまで実践を継続して欲しい。