蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№365 観ているひとを育てる

「もしも汝がこの義務に基づく戦いを行わなければ、自己の義務と名誉を捨てた罪に問われるであろう。」 バガヴァッド・ギーターⅡ-33

 

 

ヨーガの世界は実に広く、様々な面を私たちに見せてくれる。

どのような入り口から入るかによって人がヨーガに求めるものは違ってくるだろうが、せっかく縁をもらったのなら他の部屋でなにが行われているかも覗いてみて欲しい。

 

なんらかの不調をきっかけとして実践を始める人が最も多いと思うが、その場合は緊張と興奮に満ちた心身を鎮めるところから始めていくことになる。

こういったアプローチは実のところ「ヨーガ療法」と呼ばれるべきで、たぶん世界じゅうでセラピー的にヨーガを用いている人がほとんどだと思われる。

 

耳の少し上に、扁桃体という器官がある。
扁桃とはそのままアーモンドを意味し、アーモンドの形をしたセンサーが頭のなかにあるよということ。

このセンサーが過剰反応している人がかなり多い。

過剰反応の結果として起こる体の反応としては、血圧が上がる、呼吸が浅くなる、自律神経の働きが乱れることなどで、ストレスの波に巻き込まれている状態だ。

呼吸と動作を同調させ、息を吐くときにはハミングをしながら、吸う息よりも吐く息を長くするようにしていくと、この扁桃体は落ち着いてくれる。

自分のやっていることをしっかり意識して行う“意識化”練習を積むと、脳の前頭前皮質という部分が扁桃体の過敏反応を抑えてくれるようになる。
結果として、生きていると生じる感情の高まりに落ち着いて対処できるようになる。

「ああ、いま私は怒ってるな」と気付きつつ、怒れるようになるのだ。
他の感情も然り。
喜怒哀楽すべての感情を“観ているひと”が育ち始めるのだ。
(*ヨーガの目的は、観る者たる自分を確立すること)
(*喜びすぎると心臓が弱るらしい。漢方の教え)

これがもう少し上手になると「私、怒ってるなー」と思いつつそっと首筋で脈を測り、その脈がだんだん速くなっていくことを観察できるようになる。
怒っているとテンションが上がってきて、身のうちから力が湧いてくることに気付く(アドレナリンが出ている)。
怒っているはずなのに、気分が高揚して気持ちよくなることがわかる。

怒りがもたらす陶酔に酔い始めている自分に対して、「お前は今ヤバい状態にある」とツッコミを入れられるところまで前頭前皮質が発達していたら、観る者たる自分が「これ以上やるとマズいよ」と、脈が速くなりつつあるタイミングで物理的に怒りの対象と離れることを勧めてくれるので、別室に移動して心身が鎮まる活動に移ることができる。

こういう場面では、怒りの感情をしっかり感じつつ、息を長く吐くことに努めると良い。

対象のことを考えず呼吸に集中することも大事。
その場から去れるほど観る者が育っていれば、集中はかなりできるようになっているはずなので、難なく呼吸に向き合えるはず。

前頭前皮質は、周囲の世界との意識的な関わりを司る中心部分である。
日常生活を送る中での「自動操縦」状態ではなく、ものごとを深く考え抜くときに要となる脳の領域だ。

役に立つ一方で、前頭前皮質には大きな限界がある。
すべてが適度である必要があるのだ。

静かな場所でルーティンをこなし、日々心身が落ち着いていることを喜びとするヨーガも気持ちいいが、それは入り口のひとつに過ぎない。
毎日適度に生きて深い洞察が得られるとは思い難いし、想定外のストレスに対する抵抗力もつかないだろう。

マインドフルネスの簡易な練習だけをしていて迷子になっている人は多いと感じている。
そういう場合はどうしたら良いか。

果敢にストレスと向き合っていくようなヨーガの用い方をすればよい。
次回は、アサナ(体操)の別の側面についてお話しよう。