蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№116 呼吸法は体に良いが

今日は呼吸の話を少し。


大阪に出向いており明日帰宅するが、今朝も電波状況の不安定な中で作業していたところ、700字ほど書いていた文章が失われた。
そういうことが起こると、一瞬「うっ!」と精神的打撃を受け、同時に息が詰まる。昨日も同じ目に合って学習した私は、早々に諦めて次の予定へと移ることに決めた。この時、私の肉体は、意識的に諦めを採用したことで早々にストレス対処を取りやめ、詰まった呼吸は元通りのリズムを取り戻す。

現代ではストレスは一時的でないものがほとんどであって、呼吸は自然なリズムに戻るチャンスを失っている。そして自律神経は失調し、その先はご存知の通り。

呼吸は心の鏡。
ストレス性の不調を緩和させるために呼吸法を勧める医師もおられるようだが、呼吸だけで、呼吸を鎮め調えることはとても難しい。なぜなら呼吸は、呼吸筋の助けを借りて行われているから。
呼吸と動き、そして肉体に対し繰り返し緊張と弛緩を感じさせることで、殊更に呼吸をどうにかしてやろうとしなくても、呼吸を始めとした体の働きが自ずと調和していく。

ヨーガはからだの中に手が届く。
自律神経を自分でどうにかできる体操はヨーガだけ、と師匠は仰るが、武道を極めた人でもそれは可能だろうと思う。ただ、ヨーガでは初心者でも手が届く。そこは優れたところ。

呼吸を意識し動作を行うことで、自律神経の働きは調和を取り戻し、ホルモンの働きが正常となり、免疫力が高まる。この結果に導くために、大事な要件があと二つあるが、それについては今日は触れない。

呼吸法のことをヨーガでは「調気法」という。
呼吸を通して気を調えるのでこう呼ばれるこの行法は、人の心の理想的な在り方について知り、体操を行った後で初めて手を付けるところなので、いきなり呼吸だけ何とかしようとしてもそれは大変!

順を踏んで調気法を修めていったとき、人は自分の感情を制御する力を手にする。
「制感」と呼ばれるこの段階を、長くヨーガを行じている人は必ず経験することになるが、これまで堪えられなかったことなどが容易に堪えられるという体験は、とても感動するものだ。

呼吸法は難しい。「あ、そういうことだったんだ」と腑に落とすのに、私は2年かかった。それだけの時間を掛けても、制感の力まで得ることができたのだから甲斐はあったと思える。

健康のため対症療法的に呼吸法を使うのか、自らを律して自分の健康を采配する力を手にするために調気法を修めるのか、どちらがお好み?