蓮は泥中より発す

अद्वैत :非二元に還るプロセスの記録

№440 先生としての原点

「もしその混迷に陥っている観念やそのほかの観念は見には属さない、と知れば、その人こそ疑いなく、ヨーガ行者の中の最も優れたものであり、他のものはそうではない。」
  ウパデーシャ・サーハスリーⅠ 12-7

 

 

ふとしたきっかけで、昔のことを思い出した。
22歳の冬、思いがけず昇任してしまった。同期の誰よりも、先輩よりも早く、すれ違う知らない人に嫌味を言われるようなタイミングだった。当時の恋人は辞退してくれと泣いた。

そこから3か月、山口県の教育隊で昇任にともなう訓練課程に入った。
小グループ(10数名)の指揮官としての教育。

この小グループが任務遂行時の最小単位であり、最も上官と部下の結びつきが強くなる。

いざというとき「命が危うい任務をお前がやってくれ」と直接伝え、従わせるのが、このリーダーの最も大事な役目である、と私は認識している。

 

約100名の大隊が2個。大隊を半分に分けて2個小隊とする。
小隊を4個に分けた「班」という単位で主に活動をする。
班の人数は12名くらいだったと記憶しているが、うち女性は私1人、しかもほぼ最年少という環境。100名中、女性隊員は8名程だった。

航空自衛隊の、さまざまな職種の者が雑多に集まる集団。
皆その職種で3~10年ほど勤務してきており、それぞれの職域が持つ独特の雰囲気を身にまとっている。絶対にその職務内容について語ってはならない先輩もいた(情報関係)。

そこでは戦闘訓練や基本教練における指揮行動、関連法規などを学ぶのだが、印象に残っているのが「指揮統御」の授業。
現れた小隊長が「今日は映像教材を見てもらう」とモニターに映し出したのが、映画「ランボー」。
そう、あれ。スタローンさんの、1982年の。

まさか皆さんの中に「ランボー」をただのアクション映画と思っている人はいないですよね? ちなみに私はこの教育以前に見たことがなかったので、ただのアクション映画だと思っていた。「なぜ指揮統御でランボーなの…」と。

ランボーは決して好戦的なキャラクターではない。それどころか戦いはしたくないし、何なら戦うことも含めた世のなかのあれやこれやから距離を置きたい、というかとにかく放っておいてほしいと常に願っている。
 戦地での苛烈な経験で精神を病んだベトナム帰還兵、ジョン・ランボーが米国ワシントン州の田舎町で迫害を受け、自らの身を守るために暴走する。映画のトーンは寒々しく沈鬱で、70年代帰還兵ものの流れを汲む作品。」
(「最新作に向けて『ランボー』4作を履修!」より https://www.banger.jp/movie/35098/

ランボーは、トラウマを負った帰還兵。
戦闘行為にまつわる強烈なトラウマがあって、平和な街の住人による心無い意地悪によって過去の記憶がフラッシュバックして、理性的な行動がとれなくなる。でも平和な街の人たちに彼の気持ちが理解できるわけがない。それは仕様がないこと。

ランボーの気持ちを理解して彼の行動を止めることができるのは、軍隊や戦闘行動、そしてそれに伴う心理を理解している上官だけだった。
だから、指揮統御の授業にこれを見ることは、正しい。

人は言葉で表面的には指揮できるけれど、最終的には言葉でないものでしか統御できない(動かされない)し、それができなければ任務達成もできないことについて、この課程で私は学んでしまった。


その数年後、新採用隊員(数日前まで高校生だった女子たち)の指導教官も経験したが、教官は上官でもあるからこそ「大丈夫?」「がんばって!」などという言葉はかけられない。一定の距離を保つ必要がある。
でも「無事に課程修了させて、部隊に送り出す。絶対に挫折させない。必ず守る。」という強い意思をもって教育に当たっていて、それを言葉ではないもので伝え、挫けそうな瞬間に手ではないもので支え、長期的な視野を持って育てていく義務がある。
訓練だけこなせても意味がない。部隊において、女性隊員としてのハンディを抱えながら現実の任務に当たれなければ。

日ごとに、できなかったことができるようになる。
仲間と喧嘩してもどこにも逃げられない。家に帰りたくなる。
そういう様子を見ながら、でも少しずつ育っていく学生を見て涙がこみ上げていた。
今、思い出しても泣ける。

自衛隊で先生役を経験してから、私は涙脆くなった。「目頭熱い班長」と呼ばれていた。

あの若い日の訓練から、私の「先生人生」は始まっていると思う。
全くやったことがないことでも、誰でも、学ぶことで出来るようになるということを信じているのも、サトルボディで場をハンドリングできるのも、たぶんそのお蔭。

№439 すでに選んでる

 

ブラフマー神をはじめとして植物にいたる一切の生物は、私の身体である、ということが言われている。この身体以外の何ものから、欲望・怒りなどの諸欠点が私に生ずるのであろうか。」 ウパデーシャ・サーハスリーⅠ9-4

 

 

先日は中秋の名月だったとのこと。
そんなことも知らずレッスンの帰りに「今日の月はきれいだな」と思いながら、郡部の町の夜闇の中で金木犀の香りを聴いていた。

夏もわずかな香を残すのみとなり、また来年出会うまで去っていこうとしている。
盛夏の象徴にも思える木槿の花がまだ小さく開いているから、あと少し、夏の気配は感じ続けられるのだろう。

この夏は自分にとって過激な季節だった。
初めてのことが押し寄せてきて翻弄されている状態は、今もまだ続いている。
昨秋、大きな葛藤を共有してきた母を送り、自分の人生あとは平穏だなと勝手に思い込んでいたところだった。

人間関係にまつわるトラウマなのか、それとも単に順次浄化していくべきシャドウなのか、内面に課題がまだまだ山積みであることを突きつけられた。

慧心師が昔、「はやく年を取りたい」とよく言われていたことを思い出す。
今、師は70代になられてノビノビと生きておられるように思える。
伝統の世界では50,60代はまだひよっこ。わたしなど卵から生まれてもいないのだろう。70代の慧心師は、10代の若者のように世界を満喫しておられるのか。

心の中に激しい慟哭と哀しみが有りながら、同時にこれまで経験したこともないような至福と、心身の調和がある。
いったいどちらを自分の真実として、道を選び進んでいけばよいのか。

と、毎日をこんな気持ちで生きているところへ、仙台のヨガ教師Sちゃんからの啓示が降ってきた。
Sちゃんは、私など足下に及ばないほどインド哲学を勉強している。生き方も腹が据わっている。私も負けていない方だと思うが、毎年研究総会の夜に出会って語り合うと、話は何処までも深くなっていく。

そのSちゃんのこの度の話はインド占星術にまつわるものだったのだが(占いといえどヴェーダ聖典に基づいている)、人生、お前の勝手には選べないという結論なのだった。

ものごとが突然起きてびっくりしているのはお決まりの演技のようなもので、そこでびっくりして劇的な経験を積むために「忘れる」という選択をして、私たちはここにきている。

すべては私が、絶対者ブラフマンの下で選び、決めてきている。
誰と逢い、誰とわかりあい、愛し、泣き、苦しんで、そして別れたり充たされたりするかも。

起きることを決して拒絶しまいと理性では思っている(OMは応諾だから)。
でも実際にそこに生きると、過去に積んできたものと共に私はものごとを受け止めねばならない。
その作業には時間がかかる。焦らせないで欲しい。
何事もゆっくりとであって欲しい。
絶対的な存在そのものの動じなさに、身体と心が調和していくのは一苦労だから。



№438 ちいさなことから

「鏡の中にある顔の映像のように、見(=アートマン)の映像を宿している統覚機能の観念を見て、ヨーガ行者は『アートマンを見た』と考える。」
  ウパデーシャ・サーハスリーⅠ 12-6

 

誰かが私をしあわせにしてくれたり、どこぞのお医者さんが奇跡的ななにかを施してくれて、キレイさっぱり今の悩みが消えてしまったりすることが、もしやあるのではないか?

と、妄想している人はほとんどいないと思うが(いないことを祈るが)、そんなことはそもそも起きない。

大きな悩みに関しては、薄々皆諦めている。
でも小さなことだったらどうかな?

教室に来る人は何かに困っているから、その場所に来る。
腰が痛かったり、膝が痛んだり、肩がパンパンに張っていたり、体重管理に悩んだり、血糖値が高くて検診で引っかかったりしている。

 

こういう小さなことに関して、何か劇的な解決を求めている人は存外多い。

「何をしたらいいでしょうか?」と言うところまではオープンハート。
「なんでもします!」と言う人もいる。

でも、
地味なことを、毎日たゆみなくコツコツ行うと人生は間違いなく変わるよ、とお伝えすると、多くの場合「えー、めんどくさい」となる。

教室に定期的に通うだけじゃダメなのかよう、という反応は多い。
何もしないより、何かする方が全然いいので、まずはそれでいい。

でも知っておいて欲しいのだ。
微細な取り組みは、怖いくらいの変化を生むと。

先日、静岡県浜松市で収録と合宿があったので、その際に信頼する理学療法士の大石先生に実技指導をして頂いた。

私が普段、自分のために行う実習(ヨーガ・アーサナ)に対して、大石先生の知見からアドバイスをいただく形を取り、ポーズをとる隣から、主には言語で「恥骨を引き上げて」「土踏まずを床に押す感じ」「頭を下げて」という指示が出る。

傍から見ていると私の取っているポーズにばかり注意が向いて、いったいなにをしているのやら、という感じだったと思うが、小さな指示に応えようとすると物凄く!キツいのだ。
やっている最中におかしな声が出るくらいのしんどさ。
希望していたメニューの半分もこなすことが出来なかった。しんどくて。

外からはわからないと思う。でも体は内側で大きく動く。力は小さいが、広範囲に影響が及ぶ。いつも使いきれていない部分が悲鳴を上げる。息が止まる。心拍数が上がり始める。

この時の感覚を思い出しながら、後日ひとりで実習を行っていたところ、立位の姿勢から後屈した時に大きくバランスを崩し、隣の部屋まで跳んだ。
あとで見ると、右手と右下半身に内出血していた。

 

普段の何気ない動作が、疑問符だらけになるような小さな動き。
呼吸法で試して欲しい。

お尻の上に頭が乗っているか?
背筋が伸びているか?
胸は開いているか。
肩甲骨が背中の中心によっているか?
肩が上がっていないか?
吸うことではなく、吐くことに意識を集中できているか?

意識を向ける点はまだまだある。
一つ小さなことに、十分に意識を向けることを学べば、他のことに応用できるようになる。
だから何か一つのことから、それをとことんやるんだと決めて、小さな力の大きな効果を自分のものとしていって欲しい。

小さなことを続けることで自分が変わると気付いた時、人になにかをしてもらわなくてもいいことに気付けるはずだから。

 

 

№437 そこに氣があるから

「『君は行為せよ』『君はまさにそれ(=ブラフマン)である』という二つの相矛盾する観念が、同時に、同一の拠り所を持つことが出来るのか、合理的に説明せよ。」

 ウパデーシャ・サーハスリーⅠ 12-4

 

 

突然、長女が「母さんが言ってる、気ってなに?」と訊ねてきた。

てっきり授業(仏教系)で生じた疑問なのかと思ったため、
「インドで言うプラーナ。生命力。レイキもまったく同じもの」
と答えたところ、「え」と絶句された。求めていた解説とは解離していたようである。

その後、JK剣士と「氣」について語り合った。

剣道をしていて「氣」がわかりませんとか、ありえんし。
というのがJK剣士の第一声。実に頼もしい。

先日、三段の審査を受験したのだが、その準備の過程で、推定六段の指導者に受けたご指導のことを語ってくれた(推定、とあるのは、娘が正確な段位を存じ上げないだけ)。

形の試験では、三段は七つの形で受験する。
その三つ目の動作の時、指導者の木刀の切っ先は常に相手の眉間を向いていて、決して外れることがなかったそうだ。

それは、どうにも嫌な心持になる(生命の危険を感じさせられる)ことだそうで、
「こんなことが出来るようになるまでに、いったいどれほどの稽古を積めばよいのか」
呆然とした、と語ってくれた。

先日も段位試験のことについて書いたが、初段から始まる形の試験では木刀を使用し、寸止めを行うのだが、この「寸止め」は相当に難しいはずである。

ちなみに航空自衛隊の一般女子隊員教育課程では剣道1級を受験させていたが、短期的な努力で何とかなるのはそこまでなのだろう。

木刀を安全に操作できる段階というのは、ヨーガで言えばプラティヤハーラ(制感)に当たるのかもしれない。

体操は出来る(ように見える)。しかしそれは狭義の解釈ではヨーガではない。
自我を制御もできていなければ、大いなるなにかと繋がってもいない。
繋がっていなければ、ヨーガは達成されてなどいない。
それはヨーガが難しいんだよと言いたいわけでなくて、あなたが完全なる安心感に導かれなくては、どんな行法も意味がないのだと知って欲しいから。
ヨーガとは大いなるものと繋がり至福を達成すること。
安心で、満たされている、という思いに到れないなら、ヨーガをすることなんてない。
もっと他の方法で楽になって欲しい。

茶を点てるのは誰にでもできる。ヨーガ・アサナも同じく。竹刀だって私にも振れる。
瞑想らしく座って見せることもできる。

そこにある違いとは何なのか。
それは氣が説明してくれるだろう。

氣が込められている点前では、お客様から決して氣は離れない。
場全体を意識しながら主客のやりとりは行われ、なんの取り決めもないのに阿吽の呼吸で調和がもたらされる。
作法とか、点前の歴や技術はそこでは意味を持たない。一体感とともに、この一瞬を共有できた喜びがある。

氣が込められたアサナならば、私の心身と魂が命の原因たるものと一体になり、計り知れない安心感と至福が生まれる。

剣道ならば、心技体がひとつとなり、そのとき身体は丹田から自然に前に進み出るそうだ。
勝ち負けを競いながら、勝ち負けを超越しようとする意志をもって。

ヨーガとは生き方である、と私たちは考えている。
この一瞬、私は自らのなかのアートマンと共にあることを確信しつつ、自らの内外に遍在するブラフマンとも調和することを望む(一度たりとも離れたことがないのに、そういう遊びをしてみる)。

 

氣を言葉で語ることは難しい。決して語れないものでもある。
でもそれは確かにそこにある。そして感じることが出来る。

今、私は確かに、物理的に離れたところにいるあなたの手を握ることができる。
万処に遍在する氣をもって。

目を閉じて感じて欲しい。
気のせいだと思わないで、必ず感じ取れると信じて欲しい。
誰も、いつも一人ではないと気付いて欲しい。

 

 

№436 帰るところ

「この世において認識されるものは何でも、アートマンと同一視されてしまう。それゆえに、人は混迷に陥り、そのために真実のアートマンを見出せないのである。」
    ウパデーシャ・サーハスリーⅠ 12-2

 

 

昨日、筝曲の稽古で、1年数カ月ぶりに「六段の調」の稽古をつけて頂いた。

古典の名曲「六段」。
段物または調べ物の代表曲。
近世箏曲の祖である八橋検校により作曲されたと伝えられている。
各段が52拍子(104拍・初段のみ54拍子)で六段の構成となっている。
歌を伴わない純器楽曲である。

「筝曲はこの曲に始まり、この曲に終わる」と言われる。
箏も三絃も、この曲が一通り弾けるようになったとき初伝のお許しを頂いた。

このように大事な曲なので、とにかく回数は弾いている。でも納得できたことは一度もない。
人前で演奏しようとしたらどれだけ大変か、と師匠がいつも仰る。

でも師匠譲りでキモのいい私は、恐れを知らずにライブ・セッションをさせて頂いたことがあるのだ!
(師匠には内緒で。ごめんなさい。)

そのとき胸をお借りしたのが茶喜利さん。

女優、浅野温子氏の「よみ語り」で音楽を担当していることでも知られるアーティスト。独自の音楽療法「マザーノート」や、世界先住民族の会議に参加し世界各地でセレモニーやセミナー、そして最近では体幹を整えるウォーキングのワークショップも行っている。

ご宿泊中の奥出雲の宿(島根県雲南市の湯之上館)に箏を持ち込み、打ち合わせもリハーサルもまったくなしで、

ただ申し上げたのは

「私は自由に弾きます。茶喜利さんにはきっとわかると思うから、
合わせて頂けますか?」

ということ。

ちなみにその数年前、私にとっての兄のような存在の強い勧めを受けて、茶喜利さんの「マザーノート」セッションを受けた。

茶喜利さんが仰るには、すべての人のなかには固有の音楽があるという(周波数や波動のことだと思う)。
茶喜利さんはそれを聴くことができ、即興の演奏でそれを聴かせてくれる。

誰ひとりとして、自らの内で、美しくない音楽を奏でている人もいない。力強くない音楽もない。
その、自分のなかの美しい音楽を人は自ら聴くことができず、信じることができないから悩む。

だからこそ、誰かがそれを取り出して、聴かせて差し上げることが必要になる。
それが「マザーノート」のセッション。

セッション中、私は目を閉じて茶喜利さんの演奏を聴いているだけなのだが、そのなかに三絃の「六段の調」が聴こえてきた。ぴったりはまって、まるで茶喜利さんと合奏しているかのように。

そのことがあって以来、茶喜利さんに六段を聴いてもらわないと!と思ってきた。

なので、ライブセッションの際には「私を通じてこの曲を聴いているから、あなたにはきっとわかる」と申し上げた。

六段の調なので、六つのパートで構成されている。
速度もわずかずつ増していき、四段で盛り上がり、五段は勢いがあり華やかに、そして終わりの六段ですべてが静かに収まっていく。

速度を増してノッていきたいタイミングも、演奏の終わりに向けて僅かずつ緩んでいきたいときも、曲の中で実際の間がある(糸を鳴らさない)ときも、すべて私に添って頂いた。

一言でいうと「痺れた」。至福の体験だった。

この大切な曲で、こういう体験をさせてもらえたことは演奏者として実に幸せなことだったと思っている。


「六段の調」は、筝曲を志す者が常に帰っていくところ。
茶道だと、運びの点前がそれに当たる。
ヨーガならば、ひとりで毎日行うシンプルな行がそうだろう。

華やかなバリエーションや、工夫をした改良版だけで物事を行っていてはいけない。
時々は原点に戻り、初心を取り戻さなければならないことを、この曲はいつも思い出させてくれる。

慣れてはならない。一瞬たりとも、同じ時間はないから。

 

 

www.yunouekan.net

№435 我を忘れ、肉体と共に

「人は、光に照らされている身体を、誤って発光体である、と見做すように、見者(=アートマン)であるかのように現れている心(統覚機能)を、 『わたしである』『見者である』と考える。」ウパデーシャ・サーハスリーⅠ 12-1

昨日、段級審査会(剣道)が開催された。
この状況下で本年度初の審査会となる。通常であれば7月に行われる。

三段(正式には「参段」と表記)を受験する娘の付き添いで会場に出向いたが、正確に言うと、送迎及び、無事合格した際の登録料支払い担当者である。

本日の審査会には、9級から1級、初段から三段の受験者が集まっており、学生だけでなく、少数ではあるが社会人受験者の方もおいでになった。

三段の審査の様子を拝見して思うところを書いてみたいが、私本人は剣道については何も知らないと了解した上で読んで頂きたい。


今回の三段受験者はわずか6名。
うち1名が女子で、男子の中に1人混じっての受験である。

昇段審査には、学科試験と実技試験、そして剣道形の試験がある。

学科では、剣道の理念や練習の際意識することを理解できているかを問われる。
娘によると、思わず“天の声”を期待してしまうほど難しいそうだ。
ちなみに剣道の理念とは、「剣道は剣の理法の修錬による人間形成の道である」。
全日本剣道連盟HPより https://www.kendo.or.jp/knowledge/kendo-concept/

実技試験は、私たちがふつう認識しているスタイルで行われる(地稽古形式)。
勝ち負けを問われるわけではなく、姿勢や攻め方、服装容儀などが評価されているらしい。

最後に形の試験がある。
「日本剣道形」というものがあり、真剣を用いることを想定した剣道で重要な動きすべてを凝縮したもの。
初段から形の試験が行われるが、その当時娘は形がまったくできず、泣きながら稽古していたと聞く。

さて、初段、二段と三段と、受験者の動作や様子がまったく違うのだ。

数年の歴の差でこんなにも違うものかと思うほど、雲泥の差がある。
一言でいうと「ゆっくりとした優雅な動き」が達成されており、見ていて惚れ惚れする。

どんなにゆっくり動こうと思っても、何かのきっかけで緊張してしまうと無意識に動作が速くなってしまい、それを制御するのが大変だとのこと。

ヨーガで感覚制御ができるようになる段階を「制感 プラティヤハーラ」というが、ただ決まった動作をこなすだけでなく、はやる心を抑えつつ肉体を制御できるようになる段階が、剣道だと三段あたりということなのだろう。

また、試験の際には相手がいて、「打太刀」か「仕太刀」をその場で指定され、どちらかの役を務めることになる。役によって動作が多少違うので、これに対応するのもなかなか大変だろうと思う。
当然相手との呼吸を合わせる必要があるが、当日初めて会う相手と演舞を行うことが多いので、これまで一度も一緒に稽古をしたことがない相手との協働作業を行いつつ、ともに合格を目指す。
これも相当なストレスがかかるものだろうと察する。もしお相手の技量が自分と相当に違っていたりしたらどうなることやら…

もう一つ、これは観客席から見ていてもわからないこと。
一連の動きの中で、たった一度だけ相手から視線が離れるときがあるそうだが、本来は外れるべきでないところで、視線が相手から離れてしまうことがあるという。

自分にのみ拘泥して、目の前の人の存在が意識できなくなる時、視線は外れるだろう。目の前の人との一体感を持って調和の中で動きがなされるとき、視線のことをあえて考えずとも、相手と繋がる重要な手段として視線は合い続けるだろう。


レイキのマスターが娘に与えて下さった問いがある。
試合に臨む際、「私は負けない」「私は勝つ」「みんな勝つ(だれも負けさせない)」という三つの思考だと、どれが一番力を発揮できるかと。

現実の勝負の世界でみんな勝つことはあり得ないが、「私が!」という我執を捨てるためには「みんな(双方)」という視点を確立させることが大事である。

そしてその「みんなで」という観点を持つとき、人は精妙な存在となり、肉体の重苦しさから解放される。そのとき勝ち負けは超越され、目の前の人と共に何かを為す一体感と至福が現れ出てくるに違いない。

剣道の目指す境地では、たぶん勝ち負けは表面的なことに過ぎず、自己存在(真の私そのもの)が心やからだと一体になったときに自ずと現れる精妙な動きを、如何に呼び起こすかということなのかもしない。

一本を取ることが重要なのではない。茶道ならば、お茶を点てることが重要なのではない。ヨーガなら肉体で行うポーズにこだわることではない。
その先にある何かを見出したいとき、実際に自分の肉体を丁寧に用いた動作と、目の前の人を我と同じように大切に思うことが、大きな意味を持つことだろう。

 

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審査を待つ後ろ姿

 

№434 主体的に愛する

今日はバクティ・ヨーガのお話。
愛や信仰のヨーガであり、ギヤーナ、カルマ、ラージャを含めた四大ヨーガのなかでも至高のヨーガと言われる。

では愛ってどんなもの? ということについては、3つの定義がある。
「愛の三角形」と言われている。


①愛は取引を知らない

②愛は恐れを知らない

③愛は競争者を知らない

 

非常に深い話なので、言葉で語ったりしたくない気がする。
まあでも、試みてみよう。

まず、取引を知らない、ということについて。
「あなたが私を愛してくれるなら、私も愛しますよ」というのは、愛ではない。

ヨーガではしあわせということにも定義を持っていて、それは「無条件であること、理由がないこと」であるとされるが、それとまったく同じで、愛もまた主体的であって、無条件である。

世の中で愛だと思われているものが、実は愛でないということは、よくある。
「あなたがこういう人だったら、大事にしてあげてもいいよ」という関係性は、家族にもあるし、友人関係にもある。

あなたがそんな風でなかったらいいのに、というメッセージは、人の心の安定性を根底から揺らがせるだろうが、実は、親子や家族のなかでも多く発せられている(そして無言で伝えようとされる)メッセージかもしれない。

ふたつめは、恐れを知らないということ。
無条件で、主体的で、取引がなければ、私が愛せばそれでいい。それだけなので、そこに恐れは生じない。恐れが生まれるということは、失われたり、損なわれたりする何かがあるということ。

ここには、自分というものをどのように捉えているかという、自己意識(我執や煩悩)が関わってくるだろう。

自分が今ここでこうしていることに安心感を覚えられない場合、人を無条件で愛することは難しいかもしれない。
人間は多様な状態を行き来しながら生きているものだから、ときにふと悲しくなったり、信じられなくなったりすることもある。そういうことはあってもよい。

でも、根本的には、自分のからだのなかにあって安らげ、1人でいても心地よいという感覚を持っていることが大切だ。
ひとりで横になってそっと目を閉じればそれだけで十分安らげること、そして自分という存在に安心し満足しているならば、恐れなく人を愛することができるかもしれない。

自分の安心を、相手の愛を理由にして達成することはできないからこそ、ひとりでも満たされていることに対する責任が生まれてくると思う。真の自立とはこういうことだろう。

3つめ、愛は競争者を知らないということ。
愛は、愛であるからこそ大きく偉大で、誰かに分けられたら、私の取り分がないなどというものではない。

愛というのは、コーザルボディそのものであると私は感じている。
そこにある「場」そのものであり、場に満ちる「力」。
そこに、既に常に、無尽蔵にあるものであって、それを感知できるか否かだけが問われる。
今ここにあって、目を閉じることで、自らの身のうちを満たす愛を感じ取ることができるかどうか。

私にとってそれは、背筋を貫き、下腹部を温め、四肢に血を巡らせる実在のエネルギーである。その感覚をサトルボディとして感じ取ると、グロスボディ(肉体)に強い影響が及んでいく。至福の感覚。

神(万物を生じさせ、維持させるエネルギー)の愛として感じ取ったものを、その高貴なる顕れである個々の人への愛として表現することもできる。
これはとても重要なこと。

わが子への愛、お師匠様への愛、友人への愛、恋人への愛、クライエント様への愛。
様々な愛の表現のかたちがあるだろう。

愛する人の瞳を見つめるとき、そこに私たちは自分自身を見ることになる。
無条件に、恐れなく、誰かに奪われることなど決してない愛を、他者の瞳の中に見て欲しい。

その時あなたは、自分が既に満たされていて、なにひとつ欠けるもののない存在であることに気付く。

ヨーガを行っていくと、愛を信じることが可能となる安心感が自らのうちに醸成されていく。
単に体操をすることだと思っていれば、そんなことは決して起きないけれど。