蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№511 泣きそうだった

名を呼ばれしもののごとくにやはらかく朴の大樹も星も動きぬ  米川千嘉子

 

 

 

12月15日
昨日、さとちゃんと一緒に岐阜城へ向かった。

ロープウェイで上がる岐阜城と、車で上がる金華山ドライブウェイがある。後者は有名なデートスポットである。私も20代の頃なんども行ったものだ。
鳥取県美保基地に転属したとき、まず先輩に教えられたことがある。松江市宍道湖畔にある島根県立美術館から見る夕日は実に美しく、男と行くと惚れてしまうから絶対に一緒に行っちゃだめだよ、と。それと同じく、金華山ドライブウェイの頂上から見る、晴れた夜の美濃の夜景も実に素晴らしい。この夜景を見ながら、何人の男を騙しただろうか(冗談です)。

 

 

2年前の秋、お兄ちゃんと一緒に名古屋にいた。
朝からふたりで熱田神宮に詣で、宮きしめんを食べ、更にお蔭茶屋で清め餅を食べた(おにいちゃんは美味しいものが大好きだったから)。その後帰路に就く私に、どこか面白いところはないかと聞くので、岐阜城には一度行っておいた方がいいよ、と伝えて別れた。

 

その日の午後、「天下取ったどー!」の言葉と共に写真が送られてきた。それを見て、金華山に上がったんだな、岐阜城のてっぺんから撮ったんだなと、ずっと思って来た。

 

亡くなったあと、訃報を私に繋がっている人に伝えるためFacebook投稿をした。
その際、この時の写真を添えたのだが、すぐにさとちゃんから写真の場所についてのお尋ねがあり、「一緒に行って同じ風景を見ようよ」と言ってもらった。そこでこの度、車を出してくれるというさとちゃんに甘えて、岐阜城を目指したのだった。

 

 

さとちゃんの今の体調では、岐阜城のような険しい道は辛かろうと心配していたのだが、がんばって付き合ってくれた。ロープウェイ乗り場から徒歩わずか7分とは言え、山城特有の階段が延々続くので大変だったと思う。

 

今日は伊勢湾まで見通せる、とガイドのおじさんが話しかけてきた。確かに、遥か遠方に輝く光(これが伊勢湾)、四日市や津、鈴鹿の山並みなどが見通せる。12月にこんなことは珍しいとのことで、ここに来ていることを祝福されている気がした。反対に奥美濃、飛騨方面には雲が重く立ち込めており、山では雪が降り始めているのだろうと思わされる。

ようやくお城の天守に上がると、どうも予想とは違う。転落防止のために高い柵がめぐらされていて、同じような写真を撮ることはできない。ガイドの方に写真を見せて助けを求めると「これはお城から取った写真じゃないね」とのこと。

この時点で私は既に諦めかかっていて、まあここまでわざわざ来たし、こだわりの人・お兄ちゃんのレベルに私は追随できないから仕方ないよなと思っていた。

ところが、さとちゃんが食い下がってくれた。天守閣からいろんな角度で自撮りをし、方角を特定してくれた。このあと展望台に行って、だめならドライブウェイに行こうとまで言ってくれる。

 

山道を下り展望レストランに向かうと、屋上にある展望台の柵が写真と同じだとさとちゃんが言う。上がってみると、写真そのままの光景が、確かにあった。

私が想定していたのとは違う方角。西を背にし、伊吹山が見えていると思っていたが、実際には北の美濃・郡上方面を背に南面していた。
二本の橋が写っているが、これは長良橋金華橋。そして長良川。メモリアルセンターや都ホテルも見える。まったくの偶然でお兄ちゃんも知らなかったと思うが、金華橋の向こうに長女が生まれた岐阜赤十字病院があり、写真に収まっている。

もういないひとが、いつか来た場所。



謎かけをされ、「ちゃんと辿り着けるかな?」と笑いながらそこで見ていてくれるような気がした。残念ながら手すりの補修作業中だったため、全く同じ条件での撮影は叶わなかった。2mほど手前で同じように自撮りをし、二つの写真を奥さんに転送した。
「来年また来い」と言われているねとさとちゃんと言いあいながら、帰路に就いた。

 

 

人が会い、別れるということは本当に不思議なことと思う。この世はたぶん、緻密な織物ののように絡み合っていて、自分の意思だけで何とかなるものではないのだろうと、今は感じている。
純粋に実り多く心地いい関係性もあろうし、なぜこんな結びつきがなければならなかったのかと恨みに思うこともあるだろう。でもたぶん、すべてそのままでいいのだ。

 

逃げ出して、ひとりきりで生きられればどんなにいいだろう、と思うことがある。そう思うこともまた許されていいと思う。ありのままで。

 


留守宅では雪が降っているようだ。予定を切り上げて、明日帰宅することにした。子供たちと話をするのが楽しみでならない。きっとふたりともまた少し、成長しているのだろう。

 

今日は1日、宿から一歩も出ずに休養していた。ほんとうはジュンク堂に歌集を探しに行き、フロインドリーブでサンドイッチを食べようと思っていたのだが、とても寒いしやめてしまった。どうやら今は、ものごとが動かないときなのだと思うことにして。

代わりに、温かい室内で、現代短歌を調べては書き留めていた。
なんだかポーズのようだなと思うのだ。ほんとは色んなことができるのに、あえてこの不自由さのなかでなにかを味わおうとすることが。だからまだ、現代短歌にハマっている。

降る雪は白いというただ一点で桜ではない 君に会いたい   鈴木晴香

 

 

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金華山から飛騨方面を望む。眼下には長良川