陽だまりにとめどない黄よ落葉はまた逢うための空白に降る 江戸 雪
Google先生が「四年前は茶会だったな」と教えてくれた。
これってなんだか、漱石の「夢十夜」みたいだと思いませんか。
「文化五年辰年だろう」
そういえば100年前にこの杉の根のところで…。
そう、第三夜。そんなことをいつも思わせる、Google先生のお仕事。
今日は子供の話。
4年前、表千家同門会鳥取県支部設立50周年記念式典、というものが開催された。
式典の翌日は各地区の先生方が釜を掛けられ、我が師は薄茶席を担当された。当時のお家元・而妙斎宗匠と、猶有斎若宗匠をお迎えするため、万事粗相のないよう準備を調えた。
若輩である私は席中でのご奉仕は許されない。数名の朋輩とともにお湯と下足の担当。大事な影の仕事である。ただし、このとき高校1年生だった長女はその若さを買われて、宗匠方にお菓子を差し上げる大役を仰せ付かった。
お席の外から耳を澄ませ、「子供の時からお稽古して、今は高校生で16歳…」とお家元宗匠へご紹介頂いているお声を伺う。母は嬉しくて泣きそう。なんとも愛くるしい年頃で、まだ少し子供らしさの残る姿が実に初々しく、記念すべきお席に花を添えたと思う。
Google先生が過去へと私を誘うので、時々見たくてたまらなくなる次女の試合動画をまたもや見てしまった。JK剣士がまだJKでなかった頃の動画である。
母の泣き声や叫びが入った聞き苦しい動画(複数)。
2本勝ちしたら「うそー!」、大きな声で気勢を上げれば「ううう…」と感激の唸り声。延長で辛くも勝負を決したときには「わあー!!」という歓声とともに何も見えなくなる。やれやれ。
でも見るといつでも涙が出る。このとき、娘は9年越しの夢を自分の力で叶えたからだ。
次女は長い間、勝てない剣士だった。
小学1年生で剣道を始めて以来、強くなりたい、全国大会に行きたいと思っているのが伝わってきた。憧れの選手への思いも強い。でも勝てない。
夢や憧れを持てる子は必ず強くなるから僕に預けて下さい、と言われて今の学校へ進んだものの、当時所属していた道場の関係者からは、きっと通用しないから挫折して他の学校に転校することになるだろうと言われた。
先輩方は個人でも全国に進むような方たちで、チームとしても男女三連覇がかかっている。ギリギリの人数なので、入部して即レギュラーで次鋒を任され、成果が出せるかどうか厳しい目で見つめられていた。連日の激しい稽古で食事は喉を通らず、どんどん痩せていく。「食べろ!」と迫る私に、「食べたくても食べれんのだわ!」と泣きながら叫ぶ。見ているのが苦しかった。
県大会の戦果は全勝。男女ともに三連覇を果たした。ようやく先輩方に仲間と認められ、居場所ができた。なんとそのときまで、話しかけられることすら稀だったという。勝てないのなら居なくていい。皆必死なのだ。
先輩方のうしろで県の優勝旗を手にした写真は、頬がこけ、厳しい表情。この先の中国大会と全中(全国中学校剣道大会)で責任を果たし続けられるのかを思い、怖いほど緊張していたのだろう。
団体戦では責任を果たせたが、個人戦では勝てない。自分のためには勝てない日々が続いた。だんだんと練習試合では勝てるようになったが、公式戦では勝てない。
それでも、3年生になる頃から「うちは全中にいく」とはっきり言うようになった。どこででも、誰にでも宣言する。見事だと感心した。昔から彼女を知っている仲間は、笑ってバカにしたという。
最後に彼女がとった戦略は、「自分のために闘わない」というものだった。
応援してくれる人のために勝つ。試合前日、「明日あなたのために勝ちます」というLINEをみんなに送ったと聞いた。もちろん私にも「ママのために勝ちます。応援お願いします」と。
彼女が個人で、中学最後の全国大会へのチャンスに手をかけようとしたとき、団体五連覇を目指していた男子が優勝を逃した。それを知って、米子北斗で誰も全中に進めないなんて嫌だ、と思ったという。自分の約束以外にも、部の皆に対する責任のようなものまで感じて個人戦に挑んだらしい。
動画を見ると、背後にいる男子は皆からだが斜めにかしいでいる。自分たちの敗北に対する悲哀が大きすぎて「今はそこにいないでくれるかな…」と言いたくなる重苦しい雰囲気。大会の花は、何といっても男子団体なのだ。前人未到の五連覇への期待に溢れていた保護者席もテンションが下がっていて、女子個人戦が始まったことに気づいていなかった。
誰かの「つぼちゃん、もうやっとるで!」の声で試合場を見たときには、すでに一回戦が終わっている。瞬殺、二本勝ち。その後も一戦一戦を制していく彼女に、塩を振ったもやしのようになっていた男子も少しずつしゃんとして応援(と言っても、拍手以外許されない)を始めた。
勝てない試合では声が出ない。この日の彼女の気勢は大きく、「ジュラシックパーク」に出てくる恐竜のようだと思った。ティラノじゃないけど、狙われたらヤバいアレ。
全中には、県から二名の出場が許される。だから、決勝戦で闘う二人は全中に行くことが決まっている。彼女は「優勝したい」とは言わなかった。「うちは全中に行く」としか言えなかった。優勝できるとは思い切れなかったのだろう。決勝で敗れたあと、私に縋って泣いた。準優勝の表彰状を手にした彼女は、眼が赤く腫れた悲しげな顔。
彼女はフロー状態に入ることができる。なかなか勝てない彼女に対して、指導者が決め技を限定して対策を打たせたことが功を奏したのかもしれない。少しだけ難しい目標に専心し、繰り返し練習することでその状態に入りやすくなると聞く。
1年のときの団体決勝でも、すべてがスローモーションになり周囲の音が聴こえなくなったと言っていた。3年のときは、1回戦からずっとその状態だったそうだ。この日の彼女は神がかっていたと、監督が言う。
悲願の全中出場を果たしたあと長いスランプに陥り、「自分は弱い、剣道辞めたい、死にたい」と泣いて騒ぐ日々が続いた。「ママ、一緒に死のう」と言われ、「嫌だ」と即答した。
娘の気持ちはわからないでもない。でもそれはとても贅沢な悩みだ。全中に進めるのは各県たったの2名だけ。皆がそこを目指すし、誰もあなたが全中に行くとは思っていなかった。喜びだけがあるわけがない。
親は全面的にあなたを愛し、あなたは心から目指す目標に向かって、恵まれた環境で優れた指導者に育てられ、一定の成果を挙げ、そのために挫折を経験した。存分に苦しめばよい。苦しんで生きろ。できることはしてやるが、できないことはできない。
でもどこまでもあなたを愛している。あなたが勝とうが負けようが、世界中の人に見捨てられようが、私はあなたを愛しているからなにも心配しなくていい。
1年経って、JK剣士となった彼女は間違いなく強くなった。強い彼女は誰にでも優しくて、いつも笑顔を湛えている。
人のなかには必ずネガティブな想いがあるが、彼女たちは武道を通じて自らの内面の怒りや葛藤を昇華させて強く優しくなっていく。それはとても素敵なことだと思う。強い人は美しいと、彼女がいつも言う。
2年前の秋、新人戦で負けたあとの彼女の言葉。
アラジンの魔法のランプをもらっても「全中行かせて!」とか、絶対お願いしたく
ない。「強くしてください!」っていうのもイヤ。お願いするなら竹刀かな。
強くなるのも、勝つのも、自分の力でやりたいよ