蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№275 「在る」に至る実践

こんな夢を見た。

若い知人女性が、倉庫で一所懸命に働いている。
口では悪態を付きながらだが、仕事ぶりは真摯だ。
「あなたはもっと学ぶといいよ」と学校に戻ることを進めると、「いや、自分はどうせダメな奴なんで」と言う。年配の上司が常日頃から「お前はダメだ」と本人に対して言い続けているのを私も知っているので、暗示にかかったような彼女を気の毒に思う。

とは言え、日々の中で少しづつ彼女も自信を取り戻していき、高校での学びを再開する。それだけでなく、吹奏楽部の仲間と力を合わせて、地方大会で素晴らしい演奏をし、見事入賞を果たすのだ。

舞台を見下ろす2階席で、親しい大人たちも演奏を聴く。彼女たちの荷物置き場にはノートが置かれていて、数日後に行われる試験のための勉強も必死にやっていることが垣間見えた。「ダメだ」と自分の事を評していた彼女が、こんな風に変化を遂げたことに感動を覚える。

大会終了後ホールで佇んでいると、隣にいた友人が「もうそろそろ出してあげてもいいんじゃない?」と言う。え?と思って手にしたバッグを見ると、ジップロックに白いパン生地のようなものが三つに折りたたまれて入っており、上部に肉まんのような丸いものがついている。
開けて出してみると、その白いものはムズムズと動き出し、あくびをした。なんとこの”肉まん坊や”は自分の子供だった。「そうか、こんな風に密閉しても、死んだりしないんだな」と新鮮な驚きを感じた。

皆は打ち上げに行くというが、私は辞退して電話を掛けに行く。
昨日聴いた音声ファイルの誤解を解いておかないとな、と思ったのだ。
コール数回で「はい、K藤です」との声。「はい」と仰る調子も、私たちが聴きなれているとおりで安心する。自分でかけておきながら、「先生が電話に出るとは!」と驚く。今いいですか?ハイどうぞ、というやり取りの後、本題に入る。

私「先生。そんなに勉強しないでいいと言ったのは、先生ではなく知人なんです。」
先生「あ!やはりそうでしたか。安心しました。よろしかったら、その時の状況をお聞かせ頂けませんか?」

私「かくかくしかじか(出来事について説明)で、結果的にその方とのお仕事もうまくいかなかったんです。」
先生「なるほど!それはですね、壺井さん。壺井さんのシャドウですね。」

なんと!シャドウだったのか!
そうか、ここを掘り下げていけば、新たな気付きが見つかるのか…
あ、これは夢だった。ノートに記録しておかねば…
…………………

と思ったところで起床。
昨夜は、3晩ぶりに自宅で寝た夜だった。やはり慣れた寝室、愛用の布団はいいなあ。


昨日のゼミナールはモヤモヤした。
理由は、音声ファイルでの質問への回答を頂いたことで、スッキリしたからだ。
分かりにくいですね。説明します。

ヨーガの専門家教育を受ける前から、自分なりに様々な実践に挑戦してきた。
家族の協力も得て(というか無理やり巻き込んで)、学んだことを実際に試すということを、かなり過激なレベルでやってきた。

でもここ数年モヤモヤしてきたので、この度、「実践をやめるということのダイナミクス」についてご質問したところ、『実践は”Doing"じゃなくて”Being"だから、「何かをやってる」と思ってはいないです』とのご回答を頂いた。(もし受け取り方が間違っていたらいけないので、来週あたりゼミナールで直に伺ってみようかと思う)

それで私はスッキリしたのだ。

何かを特別にやっている気もない。食べることも、動くことも、黙想の状態にいることも、既に自分の一部である。
”Simple Feeling of Being." って、これかあ!と嬉しくなった。

「実践」という大通りを精力的に走ってきて、フッと左に曲がり脇道に入ったら、木々の揺らぎや小鳥の声、小川のせせらぎも聴こえるようになり、「そうかあの大通りの脇にこんな素敵な道があったんだな!」としみじみ嬉しい、そんな感覚。

この感覚に至るための、準備段階としての実践。
一つひとつの実践の細々としたことが、背後に遠のく感じ。

その心持ちでゼミナール初回を受けて、「今年なにやりました?」と聞かれた時、準備をしていたにもかかわらず、「いやー、特に何もなあ。筝曲の試験受けたくらい」と答えてしまった…。あれこれやってきたことをお話するべきだったか。

次回は「在る」という実践について、もう少し言語化する準備をしておこう。
しかしこれってあれですかね、「心身脱落」や「鼻が縦で目が横」の境地に近づいているってこと?
実践も極まれば、「毒を喰らはば皿まで」の境地に達するのだろうか。

きっとこの小道の先に、まだ知らぬ別の道がある。そんな気がする。