蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№330 色々間違ってる?

ヨーガの体操は、ストレッチと同義だと思っておいでの方が多い。

確かにヨーガ・アーサナで体はしなやかになるが、ストレッチでそうなるというのは間違い。正しくはアイソメトリック的効果が生じ、柔軟性が増すだけでなく筋力も向上している。

もう一つ。
これは前にも書いたような気がするが、ヨーガでは物事を客観的に見ることを重視するが、その前により重要な取り組みがある。「意識化」である。


今のこのような状況で、私のようなヨーガ・セラピストがどんなお役に立てることのだろうか悩むが、ヨーガ4000年の歴史の中で、絶望的な状況の中でも信念を貫き、より善い生き方を自分自身のうちにだけ探し求めるのでなく、世界にも影響を与えたマハートマ・ガンディー翁のようなヨーガ行者もおられた訳だから、私もできることを少しずつ続けていきたい。


ガンディーがヨガ行者?、と思われる方もあるかもしれない。
マハートマ・ガンディーは、「バガヴァット・ギーター」を座右の書としてその人生を歩んだカルマ・ヨーガ行者である。カルマという言葉は「業」という意味もあるが、ここでは「行為・行動」を意味する。自らの行動を神に捧げる「行為のヨーガ」、これがカルマ・ヨーガだ。

王道のヨーガというものがあり、「ラージャ・ヨーガ」と呼ばれる。
ちなみに私が学んでいるのは、このラージャ・ヨーガだ。
カルマ(行動)、バクティ(信じること)、ギヤーナ(哲学的理解)という三つのヨーガ行を水平的に行うと共に、八支則という階梯を通じて垂直的な成長も希求する。ラージャ・ヨーガ行の中では、ハタ・ヨーガ(いわゆる体操)は本流ではなく道具の一つである。

ヨーガは人間発達の道であり、自分のことしか考えることのできない獣のような人間から、生きとし生けるもののことを我がこととして考え得る人間へと、進化することを目指す。結果として、マハートマ・ガンディー翁のような人が生まれる。

インドでは、父から子へとヨーガが伝えられる。
10歳頃になると、体操を含めたヨーガ行を親御さんから直々に教えられるそうだ。ちなみに、それ以前の年齢の子供にはポーズも含めて指導しない
なぜなら、心身の発達が未熟な段階でヨーガの体操を行うと、心身発達の害になるからだ。

体操実践が十分に出来ないうちに、調気法(呼吸実践)や瞑想ができないことも分かっていて欲しい。例えば、食実践に工夫をせずにヨーガ・アーサナを行うと、腸を傷つけることがあるし、毎日、肉をモリモリ食べていて善性にはなりえないだろうから、瞑想は初歩的な段階に留まってしまうだろう。心身は一つなのだ。

何事にも順序というものがある。間違えれば危険があることは伝統の中で伝わってきているのだが、現代のヨーガ教育の中で十分にその情報が共有されているかどうかは大いに不安が残る。

ヨーガが体操、しかもストレッチという誤解を抱いたままだと、色んなことが見えなくなるから要注意。