蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№160 こりゃ参ったね!

朝からずっとPowerPoint資料を作成しており、夕方からのレッスン前に軽く食事でもと思ったところに、うっかりゼミナールの補助教材録音(猛烈に早口でしゃべる先生の音声)を聴いてしまったものだから、食事どころでなくなってしまったではないですか。

しばらく前に、質問ボックスに下記のような質問をアップさせて頂いた。

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統合的実践は私にとって非常に重要な関心事なのですが、実践内容としてヨーガと瞑想が分かれていることに抵抗を覚えます。
そこで質問なのですが、一般的には、人はヨーガに何を求めているのでしょうか。

私自身が教わってきたスタイルは、眼を開けず、周囲を見ず、自分自身の感覚をより意識化していくために身体活動を活用するというもので、瞑想に動きがあるか静止しているかの違いしかなく、その活動によって多くの変化を恩恵として受けてきたと思っていますし、その考えに基づいて指導も行ってきました。

上の二つの象限について「同時に」扱える非常に優れた実践法として、ヨーガを捉えてきたのですが違っているのでしょうか。これに関してご意見を頂けると助かります。

ポーズを重視するスタイルのヨーガの経験が一切ないため、「ヨーガ(ヨガ)」という言葉でやり取りをさせて頂く際に違和感を覚ることが多く、そのことが自分の発達を妨げているようにも感じています。
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この質問を受けて、音声ファイルでのご回答を頂き大変ありがたい。
ご回答に対する感想などはゼミナールの中で開示できればと思うが、結局、自分が発達しきれていないがゆえの悩みだったのか…と思ったりしている。

私自身も、段階を踏んで「ヨーガ」という階段を上がってきたのだろうに、この「ヨーガ」というラインの発達段階に対する考察とか研究とか、全然できていなんじゃありませんか?! 
このヨーガ教師は大丈夫なんですかね?!アホですね!

これまで私に「壺井のやってるのはヨガじゃない…」という苦言を呈して下さった皆様、伏してお詫び申し上げます…。
「おしゃれ系ストレッチ・ヨガ」と、「ラージャ・ヨーガ×インテグラル理論=壺井の教えてるヨーガ」のあいだには、うっかり落ちると流されて遭難するくらいの、深くて速い河が流れている。

でも、どちらもヨーガという大きくて豊かな河のなかに共に存在していることには違いはないのだ。

これから、どんな表現を使って伝え、教えていくのか。
随分と大きな宿題の葛籠を与えられた気分。

そもそも昨日から作っていたPowerPoint資料にも、思いっきりウィルバーのことも、インテグラル理論のことも盛り込んでいたりして、ちょっとハードル高すぎるんじゃないの?

しかし、なぜヨーガかっていうと、私が欲張りだからですよ。
かなり効率がいいですから。
ラージャ・ヨーガに「意識化・客観視・内省・言語化」の要素をきっちり入れて、瞑想と対話でシャドウ・ワークを忘れずに加えて、かなりな変化が起きますから。
でも、これを「ヨーガ」の効果です、と言っていたのは虚偽だったな…

欲張りな実践を探している人に、出会えていけたらいいなあ。