蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№136 養生は無料

前職を辞めて以来、主観的には、「毎日が夏休み」のような感覚だったのだが、全く別の世界に飛び込んで超多忙になってしまったため、未だ生活のリズムが作り切れておらず、ヨーガや、楽器の練習、日記記述、ブログ更新、そして何より読書の時間確保が難しい。あゝ、「蛮行のヨーロッパ」(636頁)を早く読んでおけば良かったな…

さて、急に忙しくなったので、体調の維持や速やかな疲労回復が大事になってくるのだが、こうなると本当にヨーガは効くなあ~としみじみ思う。レッスンはもちろん継続しているので、生徒さんと一緒にヨーガをさせて頂けるのは至福だ。我ながら、お声掛けやポーズのチョイスや、持続時間など、スタイルが少し変わったかなという感じがする。

自分の養生だけのために、ヨーガを学び始め、3年ほどの時間といくらかのお金をつかったが間違いなく元は取った。その後の年月は、人にお教えすることも含めた向上を目指しているので、養生としてのヨーガなら、3年ほどで体得できるかなと思っている。ここまでくると、大体の自己管理はできるようになっているように思う。

この先の養生に関しては、お金はかからない。
ただ、養生の質を高めていくためには、継続的な学びが大事になるとは思う。

何とかしてください、という次元から、自分で何とかするからヒントを与えて下さい、という段階に辿り着いた時、何が起きているかというと、意識が変容していると思う。

自分の体の感覚に責任を持つようになり、真剣に感覚を感じ取ろうと努めるからこそ、体との意思疎通ができるのではないか。

私は、肉体というのは、実は最も近いところにいる他者なのではないかと考えている。

体と解離したままの「私」で生きていく人もいるし、肉体と深く調和し、一体となって生きる人もいる。自己と他者との区別をつけなくなっていくことが悟りへの道だとすれば、自分自身の肉体との調和はまずその第一歩になると思う。

だからこそ、近年、トラウマ・ケアなどの分野でもヨーガなどの肉体からのアプローチ法が盛んに活用されているのだと思う。

自分の心も大事にして欲しいが、それと同じように、目の前にいる人も大事にして欲しい。置かれている環境も大事だ。そして、これが無くては生きていけない、その最たるものである肉体を、体の芯から感じて大切にして欲しい。

養生というのは、病気が怖いからするのではなくて、自らを愛するからこその行為なのだから、皆さん、養生して、ご自愛くださいね。