蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

指導理念

昨日は月に一度の研究会でした。
東京から講師の先生をお迎えして上質な時間を過ごしました。私が求める指導者とは、私に「打撃」を与えて下さる方です。耳に痛いことや、自分の見えていない点をはっきりとお伝えくださる方の指導を受けられることはこの上ない喜びです。活発なディスカッションが行われ、それぞれの専門性の上に発せられる多くの意見を聴くことができればより嬉しく思います。京都からお兄さん弟子が来て下さるので、含蓄の深いお言葉をお聞かせ頂き、幸せでした。
 会の中で自らの仕事の理念・使命について考えよとの課題がありましたので、ここで書き留めておきたいと思います。

【ヨーガ指導の理念について】

 ヨーガを始めて今年で15年目、開業して12年目を迎えます。開業以来「山陰で一番勉強している先生になろう」と思い、「良い先生になりたい」とも思ってきました。私の考える良い先生とは「生徒さんの苦しみを解消するお手伝いのできる先生」です。お蔭様で多くの生徒さんやお師匠様の与えて下さる指導機会に恵まれ、当初よりもヨーガを指導し貢献する力を伸ばすことが出来たと感じています。

 私の指導理念は「伝統の智慧を用いて、人が喜びを思い出すお手伝いをさせて頂く」というものです。人間とは本来、生きているだけで至福に満ちていると東洋の智慧は教えていますが、多くの方は生きる中でそれを忘れてしまいます。私に許されたあらゆる手立てを用いて、至福を思い出して頂くのが私の使命です。

 この道に入る前、私は適応障害・うつ症状に加え、強い自殺願望を抱き苦しんでいました。楽になりたいともがく中、二つの言葉と出会い人生が変わるきっかけを貰いました。アメリカの思想家・ケン・ウィルバー氏と、九州大学に日本初の心療内科を設けた池見酉次郎先生の、「人生で壁にぶつかっているということは、新しい知性が生まれ始めているということ」「病も不調も自ら治すしかないのだ」という旨の言葉です。この言葉に出会った時から私は「自分を病人と思うのを辞めよう」と決めました。

 人間は死ぬまで発達の途上にあり、成長の過程で必ず壁にぶつかるので、人に支えてもらう必要があります。また人は肉体のみの存在ではないので、心の在り様に責任を持たねば苦しむという「心身一如」の観点を持たなければ、心の大きな力に押しつぶされてしまうでしょう。「人間の潜在能力を開花させる」という目標を持つヨーガは、これらと同じ理論を持ち、それを肉体から理解していくための豊富なノウハウで「やればできる」ことを可能にしてくれています。

 ヨーガとは優れたツールです。道具が目的になっては本末転倒です。何のためのヨーガ指導なのかを常に忘れることなく、ご縁ある方々の課題克服・発達支援、そして至福を思い出して頂くことに、これからも尽力していきます。