蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№135 毎日山へ

某企業から業務委託を受け、数日前から毎日山へ出勤している。

自宅から車で30分の道のりのうち、10分は自動車専用道を走り、10分かけて山の中腹まで登る。左折してからは、緑のトンネルとも思える道を進む。
山の中の湖の傍に佇む美しい施設で、グレートピレニーズと、小さな小さな蛙たちがいる。

ヨーガと茶道と、先月漸く筝曲でも講師のお許しを頂いたが、その直接の活動という訳ではなく、ここに至るプロセスの中で経験したすべてを、全投入せねばならないようなお仕事を頂いた。
未だ見ぬ世界に一歩を踏み入れて、ワクワクしている。

これに頑張るのだ、という事が明確であるのはとてもシンプルだ。
ヨーガでは多くの葛藤を覚えて、活動を縮小している訳だが、それはヨーガが嫌になったなどという事ではなく、生徒さんのなかでのヨーガの位置づけを変えるレッスンの在り様に移行している過程なのだということが、先日のゼミナールで理解できた。

ウィルバーの表現を借りると、始めの10年に行ってきたのは「変換的 translative」なヨーガ・クラスで、これからは「変容的 transformative」なクラスにしていくということ。

自分自身も、まず変換的な活動から始め、壁にぶつかって変容的な取り組みにシフトしていった。この10年行ってきた指導経験は、今後も非常に役に立つはずだし、生徒さんの中に私のクラスを変換的に用いられる方もお出でになると思う。

ヨーガ療法もまずは主訴の軽減という目標から始まり、それを克服したのちはラージャ・ヨーガ行の要素がだんだんと増していくが、その経過も「変換的・変容的」という二つの言葉で説明ができるのかなと考えている。

数か月どんよりと悩んできたのだが、ここに至って、新たに取り組む道を与えられたり、模索してきたものに改めて言葉が与えられたり、ゼミナールでは、なぜか毎回、統合医療ネタについて語り合える方とディスカッションをさせて頂けたり、一言で言うと「あー、なんであんなに悩む必要があったのかな」という、ズッコケそうな感覚なのだ。

悩んだからこそ、とも思い、最終的に、生かされている自分に安心感を持って、淡々と生きていれば良いのだと、少しだけ以前より深い理解を得たような心地。

好き嫌いを言わない。どちらかを選ばないこと。
なぜ今こうであるのかについて悩むのは病気だという、例によって過激なヨーガの格言に、今なら頷ける。

山があれば、谷は当然できるのだから。
そしてどちらも、美しく神秘的で、時に怖ろしいのだ。