蓮は泥中より発す

अद्वैत :非二元に還るプロセスの記録

目には決して見えぬ動き

成人発達理論を私にご教授下さっている加藤洋平先生から、毎日のブログ更新をお勧め頂いたので取り組んでいます。本日で8日連続になりますがそろそろ辛くなってくる頃かと思いますので、工夫を凝らしながら与えられた課題に取り組みたいと思います。これを数年継続し得た時に理解できる「何か」を思うとワクワクします。継続に伴う多少の困難も将来のネタとなるでしょう。

”Sukshma Viyayama” スークシュマ・ヴィヤヤーマと呼ばれるヨーガの体操があります。そのまま訳すると「微細な運動」ということになります。これでは何のことかさっぱり分からないですね。
2年前インドのヨーガ国家資格試験 Voluntary Certification of Yoga Professionals(インド政府QCIヨーガ指導者任意認証試験)を受験しましたが、実技試験の中でこの体操が非常に重視されていることを知りました。
例えば手首などのある部分を動かしながら、動きと呼吸を調和させつつ、自分の体を動かすという感覚を感じ切る、というたいへん地味な体操なのでヨーガを学び始めた頃は退屈でしょうがなかったですね。しかし歴が進み、自分の体に対する感覚が研ぎ澄まされてくる中で、この運動のすごさが理解できるようになりました。

親しくさせて頂いている先輩弟子で、交通事故に遭われた方がおられます。痛みが残ってお困りとのことですので、何かお役に立てないかと考えていました。本日お目に掛かれますので、このSukshma Viyayamaのことをお話させて頂こうと思っています。
痛みが生じる場合、具体的にどのような動きから痛みが生じるのかを僅かずつ動きに変化を加えながら調べていきます。また「痛み」と認識される感覚についても客観的に観察を加えます。慢性化した症状に一瞬の解決はあり得ませんが、何もしなければ他の部分にも障害が現れる原因となります。じっくりと時間をかければ必ず治ります。自分で治すのです。
ヨーガと呼ばれる体操をお教えするのではなく、「自分で自分を治せる力を身に付けていく」のがヨーガ指導のもっとも大切な点かと思います。一緒に体操をしなくても言葉で治癒へ至る方法をお教えできるような、優れた言葉の感覚を持った教師になりたいと思います。