蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№690 代替物に過ぎない

大空の雨はわきてもそそがねどうるふ草木はおのがしなじな  源信

 

 

 

 

6月14日、だけど昨日の分
今日は雨ですね。常時ふらふらしている私はホテルの玄関を出るまでそのことにまったく気付いておらず、あわててフロントに傘を借りにいって先程五反田駅二階のWIRED CAFÉに陣取ったところ。


昨日のブログサボりました。すみません。
反省してます。だって(イイワケ)土曜のイベントのあと抜け殻になって昨日の仕事もさっぱり役に立たなかった。こういうのはO先生曰く「顔が汚れて力が出ない」状態。いや、私のご面相がキタナイって先生が言ってるワケじゃなくて、アンパンマンだよ?

ついてこれてない紳士(昭和男子)がいるかもしれないから解説しよう。
せいぎのみかた・アンパンマンは顔があんぱん。そりゃそうだよね、アンパンマンだもんね。ここまではさすがにわかるよね?でもこの顔=あんぱんが汚れるとパワーが出なくなるらしいよ?O先生に聞いてはじめて知った。わたしのアンパンマンリテラシーはけっこう低めであることがわかった。で、イベントではしゃぎ過ぎてヨレヨレになった私をO先生がアンパンマンに例えたというわけ。

カオが汚いんじゃないの、疲労困憊ってことだから。ジャムおじさんっていうパン屋さんに新しいアンパンを焼いてもらわなければパワーは復活しない。でも私の近所のパン屋はだいたい日曜が休みだからあきらめるしかない。今朝もまだカオが汚れてる感があったが、もうパン屋さんもオープンした時刻である。新しい(微細レベルの)アンパンが私のこ汚い顔とすげかえられたようで、多少ものが考えられるようになった。よかったよかった。

 

 

昨日は聖地田端での仕事だったのだが、こちらの仕事で使う写真の撮影もあった。私は先日高橋さんに撮って頂いたものをメインに使わせてもらうので、他のメンバーズとの集合写真や聖地田端でしか撮れないものを撮ってもらった。リーダーの会社のコーポレートカラーがオレンジで、先日のイベントで使用させて頂いたラーニングセンター(いつもここで仕事してる)に入るとオレンジ一色の鮮やかな壁が目の前に現れる。ぜひここで、とのリーダーのご意向で、みんなで並んで撮ってもらった。

高橋さんとの撮影がすごく楽しくて、これまでプロフィール写真を撮ろうとすると急に神妙な顔になりカタい感じの写真しか撮れなかったものを、なんだか撮られるのが楽しくなっちゃってとても自然に笑えるようになった。写真を撮るという行為もまたコミュニケーションが大事なんだよ、と高橋さんが教えてくれたけれど、やっぱりすべて優れた仕事はそこに向かっていく。「仕事」というのはひととひとが関わり合って行われることだから。自分以外の方がピンで撮ってもらっているときには、カメラマンさんの背後でヘンな顔をしてみせて思わずフキ出すようにしてみたりして、撮影はさくさくと30分くらいで終わってしまった。「みんなすぐに笑ってくれたから早く済んだよ」と言ってもらえた。

撮影後はいつもの仕事だったんだけれども、金曜までの私が作ったスライドについて解説しようとしても、土曜(規夫センセイ講義)以降のカヨコが激しいツッコミを入れてくる。「いやー、なんか言っとること陳腐だへん?(*米子弁です)」「効果とか効率とかじゃない重要なこと忘れとらせん?」みたいな感じ。更に「なんか今日エネルギー枯渇してる」と言われてしまうし、リーダーが求めておられることの意味はわからんし。これはたぶん、西洋医学とYogaの依って立つところの差のせいだと思うが。とにかくもう思考停止になってしまい、「すみません、帰って昼寝します」と白旗を上げてしまった。

 


先日O先生とPVT(ポリヴェーガル理論)についての自主勉強会をしたけれども、人が親密な誰かとの安心した関係性を求めていて、それがどれくらい大切かということをこの理論は説明してくれていてそれはホントに素晴らしい。インテグラル理論だって素晴らしい。でも、理論を具体論に落とし込んでリアルにどう使っていくかを自分の専門性(すごく狭いニッチな領域)で考え抜くこと、試行錯誤しながら活用していくことの方が大事だよねと話していた。

 

だれもみな愛されたい。身も心も。
Yogaは優れていると私は思っている。確かに救われた。長い年月をかけて安全性が担保され、究極の洗練を遂げた実践法だと思う。でも本当はリアルに親密な誰かに大事にされて、そこで何も考えずとも自然に起こる深い呼吸、感じる安心感、体内をめぐる血流やエネルギーを生じさせるための代替物に過ぎないと思う。どんなに優れたものであっても代替物にしか過ぎないという限界とそれに対する自覚をもって、ただ体操を教えるとか、ただ呼吸が大事だよと語るだけではないなにかを、目の前の人との間に育んでいきたい。あなたが誰かの瞳を覗き込んで、そこに見出した光を信じることができるように。目の前の人の手をとって、そのあたたかさをあなたの手で感じられるように。

 

 

規夫先生のイベントについては、次回書きますねー