蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№616 恩寵

 泣くおまえ抱いだけば髪に降る雪のこんこんと わが腕に眠れ  佐佐木幸綱

 

 

 

3月30日
JK剣士は出発を明日に控えてあれこれ準備に余念がないというか、そもそも準備期間が短すぎたので大わらわである。今日はふたりで美容院に行ったのだが「え?明日インハイ予選だっけ?」というようなセメた髪型で、前髪がカッ!と立上がっている。試合前なら、サイドが更に刈りあがっているであろう点がちょっと違う。公式戦がない期間が続いていたためこんなキメキメカットは久しぶりで、渡米にかけるJK剣士の熱すぎる意気込みを感じてしまった。

 

出発前にうどん食べたいからひのきや(というお蕎麦屋さんがある)に行きたいなと言っていたが時間切れ。あたふたと歯医者に行き、長期滞在のハハの荷物発送をし、ついでに規夫師匠とリーダーに貢ぐ酒とNちゃんに捧げる自家製味噌を発送したら、もう夜になっていた。

 

 

ここ数日アレコレいろんなことがあって、ふと前職を辞めたときのことを思い出していた。あのころパワハラなんて言葉もなかったけど、今風に言うとそんな感じのすっごくわかりやすい嫌がらせを上司のY崎三佐に受けて、人に迷惑がかかったので泣く泣く辞めた。
最後の申告(ツボイは退職を承認されました、だったか?)のときも滂沱の涙を流しつつだったので、ほんとに泣く泣くだった。せっかく体調不良を克服して復帰したのにこれかよ…と思ったけれど、今思うとそれも含めて絶対者ブラフマンの采配なのであって、Y崎三佐が現れなかったとしても、なにかべつのかたちで私は必ずその場から駆逐されていたと思うし、それが必然だったんだろう。


だからものごとは、その瞬間には収めるべき“問題”に見えても、然るべきときに起こるべくして起こった恩寵だと思っておくとよいと考えている。その場面での登場人物として劇的にあるがままに、その瞬間の愚かな私として自分自身にウソをつかずに生きること。それが迷妄の世界でのミッションかもしれない。

 

人の数だけ真実はある。その点に関して名探偵コナン君は間違っているのだが、コナン君も実のところは重々承知のうえで役割を果たしているのであろう。コナン君のプロフェッショナルとしての姿勢に深い敬意を覚える。

 

なので私としては人に向かい合うときに、リアルにそばにいて触れ合うひとの主観をなによりも尊重したい。そしてその人がどんなことをしたとしても、「私は」説教なんてしないでそっと寄り添ってあげたい。そういう姿勢しかひとを救えないことを、私はDARCのみなさんに教えてもらった。みんないろんなところで散々、怒鳴られ小突かれ叱られてきているのだ。こんなバカな私までが責めることはあるまいし、そんな資格もなかろう。だって私もこんなに愚かなのに、この広い世界の中でちゃんと居場所があって、愚かな私の主観を尊重してくれる人がいてくれるのだから。それってほんとにうれしいことだ。



佐藤優が収監されたとき、ほんの一握りのひとだけが、彼を信じ支えた。多くのひとたちがが手のひらを返したのに、その人たちだけは、信じ、その思いを貫いた。私は自分が人を想う気持ちが、その時優さんを支えた人たちのようでありたいと思う。状況の中で「そんなひとの味方をするなんて」と諫言を呈してくる人だっているのだろうが、黙ってただ私の大事なひとの味方でいたい。たとえあなたが残忍な人殺しをして、世界中の人に石もて追われることになろうとも、私だけは味方でいてくれると思って欲しい。私が一緒に石を投げつけられることになっても、私はあなたの言葉だけを信じて、あなたの手を握っていたい。

 

まわりをよく見まわしてもらえば、あなたにもきっとそんな人がいるのがわかるはずだ。そういうひととの確かな交流を大切に生き、人それぞれがそれぞれの場で、心の底から安心してしあわせを感じていられますように。

 

場合によっては表面的に対立することがあっても、あなたとわたしは繋がっている。私は今夜も、大事なひとをこころの中で抱き締めるのと同じように、訳あって会うことのできないあなたの幸福を祈る。人みなが安らかに生きられますようにと。

目覚めたとき、その目覚めたことに感謝しつつ生きられますように。誰しもがあるがまま生きられますように。その自然な在りようを、けっして撓められることのありませんように。