蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№553 ゆくてをしめす星

ひとたびのひかりのなかでわたくしはいたみをわけるステーキナイフ   笹井宏之

 

 

 

 

1月26日

JK剣士が昨日から腹痛で休んでいる。心の腹痛かと思ったらほんとにお腹が痛いらしい。
しかしママの専門領域の世界の見方によると、純粋に肉体としての「おなか」はこの世のどこにも存在しないので、やはり何やら深い訳がありそうである。こういうときの腹痛の対処法はじっと待つ、そっと待つ。それしかない。

 

すると今朝「話がしたい」という引きがきた。そして東京と米子で、いつもは同じ屋根の下にいるにもかかわらず3時間も話した。剣士のまっすぐなの心のなかに、今色々と「詰まって」しまっていることがわかった。

 

 

剣士のママも現在内的な作業の真っ最中であるので、影響を与えてしまったなあとちょっと反省である。しかしものごとは起こるべくして起こるものであって、誰にも止めらんないのだからしてお互いおおらかな気持ちで諦めるほかない。残念でした、でも葛藤を処理するチャンスが来てよかったね。

 

この3時間の対話のなかでほんとに色んなことを語り合った。傍から聴いている人がいたら、JKとママの会話にはとてもじゃないけど聴こえないと思う。

「なぜ人は普遍的なものに従えないのか?」

という娘の問いに、母が全身全霊で答える。生半可な生き方してたら答えられないと思うよ。母は母で苦しみぬいてきたから、こんな問いにも自分なりの方便を持っている。これまでの来し方はちょっとしんどかったけれど、本当によかったと思えた。


JK剣士の命名はお姉ちゃんと同じくママが勝手にインスピレーションにより行った。他の家族の誰にも相談してないし、字画なんて数えたことすらない。こんな時にもママは勝手で強引である。ビビッとサインが降ってくるから他に選択肢はないのだ。
長女の名前は岐阜市のお寺の掲示板にあった禅語から、JK剣士の名前は天からのテレパシーによる。

それでどんな名前かと言うと、まあ意味から言うと「お星さま」ちゃんである。夜、道に迷った人が晴れていれば空を見上げて「あっちが北か!」と言える、そんな星。

今日話をしていて「ああ、この子は北極星だ」と思った。関西にあるオムライスのお店じゃなくて天にあるやつね。

ちなみにママの生まれ日(の干支)は、北斗七星の柄杓の先端に当たる。小難しいことはよくわからんがそういうことになっている。「へー」と思って聞いてもらえればよい。柄杓の「杓」の部分、水とかお湯を掬う部分の「深さ」に当たる距離×5倍で北極星に行き当たる。

 

昨日、昼間っから日本酒を飲みながらS田さんが教えてくれたのだが、私が20代の頃多大な影響を受けたユング派の分析家・河合隼雄先生は「この世はすべて共時性で回ってるやろ」と言う旨のことを仰ったらしい。ここ最近のものごとの展開を思うに、このことに「まったくそのとおり!」と完全に同意できる。

私はかねてから「名は体を表す」という言葉に深い意味を見、「名前とその意味するところ」に感じ入っていた。これは自分が聖名を頂戴してから殊に思うようになったことだけれども、ほんとにほんとよ? そう思ってよく見て考えて頂きたいと思う。実に示唆深いから。


北極星はいつも真北で光っている。北斗七星などを目印にして探す。ぎらぎらとした輝きではないので、目指す的になるなんて思えない。別名Polaris「極の星」。また航海の目当てになることから「海の星 Stella Maris」とも。日本では「子の星」と呼ばれていた。


こっちだよ、と人に示す生き方は激烈なものになると思う。既存の道にみなで迷い込んでいけばそこがけもの道になって、いばらの道でも「こんなもんか」で済まされてしまう。そんなことが世の中にあふれてるように思えてならない。

こっちのほうがいいよ!と知らしめるのも、ほんとに向かうべき方向はこっちだよ!と伝えるのも大変なこと。でもその使命を授かった人はなんとかそこに生きて欲しい。

我が家のお星さまも葛藤の多い人生を歩みそうだが、この子が宿してきたものをママが感じ取ってつけた名前のとおりに生きて、人に道を示して欲しい。がんばれ。

 

 

今日、久々に専門家とのシャドウワークを行った。既に内的な作業が進んでいたのと、イメージを上手に用いることができたので、多くの気付きと安心を得られた。
私は7歳頃の時点で子供でいることを止めたようだ。それはとても哀しいことだったけれども、私をちゃんとこどもとして扱ってくれていた人と内面での再会を果たすことができた。その人は糖尿病から透析治療を経て亡くなった年上の従弟で、子供がなかった彼にどれくらい可愛がってもらったかわからない。無条件に「かよこ、かよこ」といって愛された。今、生きていれば60代後半くらいだろうか。彼の前で、私はいつまでも子供だと思える。

 

 

ワークの最後に、春に咲くあの美しい花が満開の霞となって自分の周囲を満たしているのを感じた。この数か月実に苦しかったけれども必要なプロセスであったと思うし、その過程をリアルに支え、私を見放さずしっかり手を握っていてくれた方に心からの感謝を申し上げたい。

 

ヨーガを始めとするいくつかの学びのなかで、自分をもっとも苦しめたこととはきちんと向き合って手放しが済んでいることも確信できた。


人生は棄てたものではない。今日は確かにそう思える。