蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№618 Departure

音荒く雨ふる夜明け胸という一まいの野を展げていたり  杉崎恒夫




4月1日

JK剣士がいよいよ出国。昼前に成田に向けて移動を開始した。
今回もハハは「これは言っとかないとマズいよな」と思うことだけ伝達し、後は丸投げである。そうしたら空港に到着してからあれこれすったもんだした。ヤレヤレ。

 

まずはPCR検査である。たぶんなにかほかにも手があったと思うのだが、出国予定日の前日に上京し検査を受け、出国までに証明書をゲットする、というタイトなスケジュールを敢行したためにやたら費用がかかった。価格を聞いたとき思わずヘンな声が出るくらい高かったが、仕様がない。必要経費である。時間をカネで買ったんだ!

英文の証明書を催促しまくって、今朝方ようやく届いた。はーヤレヤレと一安心してANAのチェックインカウンターでそれを提示したら、お姉さんが何やら怪訝な顔をしている。検査を受けたのはいつですか?と訊ねられたので、昨日ですがと答えて示されたのは、MarchじゃなくてMayって書いてある日付の部分。JK剣士よ、渋谷から未来に行って検査を受けてきたのか…!ってそんなことあるわけないじゃないですか。速攻ハハが怒りの電話をかけたところ「今から5分以内に送ります!!!」という某クリニックのお兄さん。ちゃんとそのとおりメールは届き事なきを得た。

JK剣士はチェックインカウンターが開く前に「ここはまだ日本なんだからママはもう帰っても大丈夫」と自信満々に言っていたが、実際のところはまだ16歳だから保護者の署名がいる書類とか、事前に登録していないといけなかったのにやってなかった手続きとかいろいろあった。午後の予定をキャンセルして付き添った甲斐があったよ…。

16歳までにひとりでの海外渡航を経験させたいと思って来たけれど、今日ANAのおねえさんに「お子様のひとり旅ですので、客室乗務員の目が届くお席に変更しましょう」とお声がけ頂き、「そうか、16歳のひとり旅というのは国内線でいうところの“ジュニアパイロット”とおなじようなものなんだな」と思った。このご時世なので乗客数も非常に少なく、三人掛けの席をひとりで使えるという。いいなぁ。

今これを書いている時点で搭乗から4時間半が経過したところ。空のうえでどんな経験をしているだろうか。ここに書いたのはすったもんだのごく一部で、他にも事件はいろいろあった。今回は大いに周囲の大人の手を煩わせたが、二回目はすべてを自分で、三回目は費用も含めてひとりで何とかせいと言い渡した。
行くと決めてから今日までの約1週間で色んなネタが続出で、十日分のブログが書けそうである。しかしそんなことしたら「平常心で剣の道を歩むJK剣士の日記」になってしまうからこのネタはここまでね。

 

 

JK剣士を見送って帰る道すがら、今朝方ある方が下さったお言葉とその方の(私が伺っているかぎりのごくわずかな)来し方に思いを致し、Yogaの教えにある「困難のない人生を望むな」ということについて考えていた。

人は、いや、私はと言おう。なるべく面倒なことやイヤな目に遭わずに生きられたらと思ってきた。平穏無事にいい気分で毎日が送れたら言うことないよな、という平凡なのぞみ。

でもこれってほんとに平凡なのぞみなのか?
もしかしたら、大それた傲慢なのぞみなんじゃないのか。

先程のYogaの教えに戻る。
祈るならば(生きているとときとして祈ることしかできない)、我が人生に困難の無いことを祈ってはいけないといわれている。こんなことが起きなければいいのにとか、もっと違う状況だったらいいのにさー、ということも思うな!といわれるばかりか、そんな思いこそが病気だと言われてしまうのがYogaの世界だ。

ものごとは起こるべくして起こるべきときに起こる。絶対者のお仕事は常に緻密で水も漏らさぬ如く、偶然などひとつもない。だから愚かな私がこの困難を乗り越える力をお与えください、私に越えられぬ困難を絶対者はお与えにならないことを信じ抜く強さを授けて下さい、と祈る。

これまでJnana Yogi慧心師から数多くの瞑想のお題を与えられてきたが、私が大きな衝撃を受け今も最も好んでいるものは、「愚者は不幸を嘆く」というお題。私は愚かであるから、今、目の前にある事象が「不幸」に「見える」のだが、実際は恩寵しかない。

でも生きていると、ときにそんなことを想えなくなる瞬間があり、だからこそ転んだり泣いたりすることができる。そのあとに立ち上がり涙をぬぐいながら、また改めて与えられた言葉や教えの深い意味に思い至ることができる。

 

いま現在どんな関係性にあろうとも、なかなか出会うことができないひとも、この瞬間私の心のなかに想起するそのことをもって、心の底からありがたいと思う。

JK剣士は昨年彼女なりの地獄を見た。その結果として生じた今回の経験を存分に味わい、いついかなるときにも自分がしあわせであること、そしてそれを自分自身の深いところで忘れずにいることを、時間をかけて学んで欲しい。