蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№453 奇跡があるなら

一昨日から、友人の枕頭に付き添わせてもらっている。

私は実のところ赤の他人なので、このコロナ禍のなかでそもそも面会は叶わないはずなのだが、常々わたしのことを実のきょうだいのようだと公言してはばからなかった友人の意を受けて、ご家族も実の妹だからと言ってくださって許可が下りたのだった。信じられなかったが、同時にそれだけ状況が厳しいということでもあろうと思う。

多くの知人友人を持ち、私にもその交友関係の多くをわかちあってくれた。だから共通の友人がたくさんいる。みなさん、彼がつけてくれたニックネームで私のことをお呼びになる。彼自身は数年前に「もうそんな感じじゃないな」と言って、その呼び名は使わないようになっていた。ちなみに「隊長」という。初めて会ったとき、私はまだ自衛官だった。

急に調子が悪くなったことを、昨日まで誰にも知らせていなかった。私は4日前に聞いた。
会えなくても、病院の前に行くだけでいいと思っていたのだが、上記のような理由でそばに付き添うことができるようになった。

可能なかぎり手を握って、顔を見つめている。ときどき、マントラや讃美歌を歌って聞かせている。この場の、空間の振動の質が変わるといいなと思って。
どうしていいのかわからなくて、じっとしていることができずに、Facebookやブログで気持ちをぼかして書いたところ、数名の方が「もしや」といって彼の名をはっきりと出して訊ねてくれた。その感性の高さと、彼との関係性の深さに心打たれた。
激しくズレた頓珍漢なことを言ってくる人もいたが、彼のことをまったく知らない多くの方が、不思議なことに状況を適切に理解し、私に個人的な配慮を下さることを通じて、彼を支えてくれている。

LAにはレイキマスター・マリコがおられるが、仲間みなに頼んで氣を送ってくれているとのこと。セレモニストのちゃっきりさんも、ずっとお祈りをしてくれている。娘たちも、もう一人のパパのように慈しんでくれた人のために祈っている。

昨日の午後から、容体が劇的に安定してきてホッとしているところ。
主治医の説明はデータに基づく冷酷なものだったが、ひとのいのちと、そのありようが医学の予想通りに行きはしないことは、他の多くの生徒さんがその身をもって私に教えてくれた。
だから私も今、奇跡を信じている。

当時よく子供に歌っていたマザーグースのなかに、誰もが知る「きらきら星」がある。たぶん谷川俊太郎の訳だったと思うが、この3節目が私は大好きで、次女の名はひとつにはここからもらった。

誰しも道に迷うときがある。でも、ふと目を上げれば、誰かがあなたの目をのぞきこんでくれているはずだ。だからずっとうつむいて泣いているのではなくて、「助けて」と、そして「怖い」とちゃんと言って欲しい。できれば大きな声で助けを求めて欲しい。誰にでもいい。その誰かから、ちゃんと助けてくれる人に伝えてもらえるから。

「大丈夫だから」なんて言わないで。
「怖いから、ここにいて、手を握っていて」と言って欲しい。


夜道をいそぐ旅のひと
感謝をするでしょう、きっと
だってひかりがなかったら
かならず道に迷うから