蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№177 喜びを覆い隠すもの

明日はトラウマについて話す機会がある。

人間存在の最奥に歓喜鞘というものがあると書いた。
心臓の中の小さな空洞に、歓喜鞘はあるそうだ。

人間は本来喜びに満ち溢れた存在だというが、そうならないのには理由がある。
歓喜鞘には「心素」と「我執」というものがくっ付いていて、過去の記憶と、「私が」という思いが本来の歓喜を覆い隠してしまうのだという。

なので、私たちはヨーガ(瞑想)をして、この二つを浄化していかねばならない。
少し綺麗になったかなあと油断していると、もっと奥にあったものが浮き上がってきて驚くことになる。

生きているうちに浄化しきることは、もしかしたらないのかもしれないが、それでも多少はマシになったような気がしてしまうのだった。
インド人の世界観は、かなりペシミスティックだ。

今日は少し短めで。