蓮は泥中より発す

अद्वैत :非二元に還るプロセスの記録

№170 先にこちらから信じる

我が家は古くて狭い日本家屋なので、人が家内にいると録音が出来ない(パソコンに向かって一人で話しているのを聞かれたくない、という心の問題もある)。

なので、寝坊な長女が寝ている隙に、朝からYouTubeチャンネル用の録音を二つまとめてとり、なんだか疲れた…。
都会の皆様には信じられないと思いますが、Wi-fiが繋がっている貸し会議室みたいなものも米子市にはないんですよ! 

しかし、この環境だからこそ発信できる何かもきっとあるはず。
インドの山中だと電源も無いし、それに比べると米子市も便利だ。

さて、本日はこれから島根県雲南市というところへ行く。
東京から講師の先生がいらして研究会が行われるのだが、私はこの春からずっとお休みをさせて貰っていた。というか、一回辞めた。

あの頃の自分は退行の真っただ中にあって、毎日家に籠って本ばかり読んでいた。
新しい教室を展開するとか、講座を開くとか、営業するとか、そういうことを全く考えられず、10数年前に病名が付いた時の再来だと感じていた。

10年前と違うのは、病院には行かなかったこと、誰かに助けて貰ったりは出来ないのだとわかっていたこと、そして、どこかしらに、不貞腐れて開き直った「いつか必ず浮き上がる」という確信があったことだ。

その不貞腐れ感が全身から滲み出ていたものと思う。
不快な思いをなさった方も多かったことと思うし、実際に実務能力も下がっていた。それは確信の上などではなく、本当にどうしようもなかった。もちろんとても悩んだし、苦しんだ。

心のどこかで、発達に伴う一時的な退行は仕様が無いことで、諦めて受け容れねばならないことを理解していたのだと思う。この退行の中でも、ごくわずかなレッスンや講座は維持していたし、指導を行っていたわけなのだが、このことにも大きな葛藤を感じていた。
結果から言うと、この時期に関わらせて頂いた方々は、大変な変容を自覚されている方が多い。不思議なものだ。やはり、「何を教えるか」というコンテンツの問題ではないのだと思う。

そして、今夏の2年ぶりのゼミナールと、山への出稼ぎを通じて無事浮上を果たしたので、今日は久々に講師の先生始め皆様にお会いして、退行していた自分についてお詫びをしたいと思う。

この退行が無かったら、主にヨーガを通して学んで来たことの多くが「体得」できなかったと思う。ヨーガに関しても葛藤を抱えていたが、今はさっぱりしており、「こんなに使いでのあるものは、活用しないともったいないやろ。伝えないのは罪やろ!」という確信に変わった。

退行期間中に、一生に一度の大きな試験に挑戦させて下さった師匠には、本当に頭が下がる。あれだけ能力が下がっていた時期に、物事をやり抜けたのは師匠のお力あってこそ。信じて下さって、ありがとうございます。

私も自分が関わらせて頂く方々を、心の底から信じぬきたい。
昨年の自分には無理だった。
今の自分にはそれが出来ると思う。