蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№159 自分が今、このようであっても

来月参加させて頂くある会のために、PowerPointで資料作成中。
自分の仕事について、プレゼンテーションさせて頂く機会が与えられそうである。

「なんのために」ヨーガを生業としてやっているのか。
私自身の説明に、発達や変容という言葉は欠かせないのだけれども、今は、昔とは違って、今この様であるありのままの自分を受け容れている。

以前の私の発達の理解は、決して「包み込む」ものではなかったな。
一歩前の自分を殺して、消してしまおうとするような過激さがあったような気がする。
一歩一歩だけれど、前に進んでいるのかも。そしてその前に進むことは、間違いなく自分を解放しているように感じている。

こんな自分の学んで来たこと、積み上げてきたものが、誰かの役に立つと信じて、祈るように行動を続けていかなくては。

ウィルバー(の本)に出合っていなくても、ヨーガに出会っていなくても、今の自分はいなかった。
身体的なアプローチがとても重要だということを、今日は述べておきたい。
統合的実践が何の役に立つの、という問いに明確な答えなんて出せないけれど、少しでもMoksha(解脱=平安)に近づいているような気がする今日。