蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

年末集中講義


「壺井さん、レポートご苦労様でした。
そうですね。来年も進化ですね。脱皮の時には一皮むけて痛いでしょうね。」
瞑想の言語化に対する、お師匠様からのお言葉に泣けました…

今年も無事、仕事を御仕舞にし、年末に何をするかというとヨーガ行や瞑想です。
今は便利な時代ですので、東京都の支部での行を、ライブ中継で受信して皆様とご一緒させて頂きます。
受信している間、こっちで何をしていようが分からないようなものですが「ぜんぶバレてる!」という気がします。自分の頭上に、肉体の目には見えないアンテナが出ていて、頭の中身のみならず無意識の卑しい心まで、お師匠様にはまる見えなんだろうなあ~と思ってはいるのですが、開
き直っているのかなかなか人間が改まりません。これは、もうお一方、東洋哲理のお師匠様にも「バレてる!」と思っているのですが、年々開き直り具合だけが堂に入っていくようで情けないことしきりです。

講義を受信しているのに、その間「今は瞑想の時間です」というテロップが出て、画面の前でじっとしている光景は異様だと思いますが、家族は黙って見守ってくれています。
遠く東京で鳴っている瞑想終了のタイマーを、娘が勘違いして台所に走って行ってしまったそうです。申し訳ない…。

瞑想後は、「あ~良かったねえ」とただスッキリして終わるわけではありません。
私がお師匠様の下で行じさせて頂くのは『ヴェーダ瞑想』と言われるものですので
、まずお師匠様の説法を聴き、そこから熟考し、瞑想する。更に言語化してお師匠様に聴いて頂き、その後で深い悟りを得る、という一連の流れがあります。
ライブ受信の場合は、瞑想して得られた気付きや疑問などを、メールでお師匠様にお送りします。
全国で半端ない数の先生方が、私と同じように行じ、言語化の結果をお送りしているはずですが、すべてにお返事が頂けます。
それが、冒頭にあげた文章です。

私がこの時差し上げたのは200字ほどの文章でしたが、長い文章だろうが、長い話だろうが、サクッと短い文章にして気付きを与えよと教えられている通りに、グサッと刺さるお言葉をいつも賜ります。
ちなみにこの時のお題は「自分の直接経験として、煩悩を作りかけたことを詳しく思い出す」というもの。「ヨーガ・スートラ」第1章からのお題でした。


 
器を壊して成長するには、今の自分のエゴを殺さないといけないというし、死ぬのはエゴであって自分本人でもないのに、本当に痛くて苦しい。
今あるものを壊して生まれた新しい器は、どれくらい大きくなっているんだろう。
体操や瞑想などの行を通じて「yogaを達成したい」
yogaをやる、という言葉は本当はおかしい。
yogaできたらもう解脱ですもの。

私はまだ全然yogaできません。お師匠様も出来ないって仰るくらい、yogaは難しい。
でも少しずつ楽になる。課題が見えてくる。それを楽しみに毎日を生きているような気がします。
1日1日、1年1年生きることを通じて、少しでも大きな器になれますように。
そこにより多くの、多様な人々を招じられますように。


ラージャ・ヨーガや瞑想にご興味がおありの方は、ご連絡くださいませ。
名古屋・神戸・山陰・たまに東京でも活動しています。

ご連絡先:yujlotus@gmail.com

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生徒さんと合宿したホテルから見た、大阪の空です。