蓮は泥中より発す

अद्वैत :非二元に還るプロセスの記録

№671 ほんとうの旅

猫じやらしにつよく反応せし頃のきみひをおもへり十年が過ぐ   小池光



5月24日
ハハは猫たちにモテモテである。以前からういろ=ういちゃん(サバ猫)の方はなついておなじ枕を(不本意ながら)わけあって寝たり、腕枕をしてやったりする仲であった。ところがあんこ=あんちゃん(サビ猫)はJK剣士が大大大好きで、JK剣士以外の人はご遠慮くださいって感じだった。しかしJK剣士は長い不在である。あんちゃんもここに至って、否応なく成長という名の諦めを迫られるときがやってきた。

帰宅し夜二階でひとり寝ていると、なにかが首筋を”ざーりざーり”と舐めてくる。「ひいっ!」と驚いたが暗いのでなにものかはわからない。その直後わざわざ私の左肩のうえに無理やり丸くなって寝ようとしているモジャモジャの存在を感じ「ういちゃん、今日はヘンなことしよんな」と思って、するがままにさせておいた(愛)。ところが翌朝鳥の囀りで目を覚ますと、私の頭の横でとぐろを巻いているのはあんちゃんだったのである。あんちゃんがわたしの横で寝る日が来るなんて。

更にその晩、誰かが今度は私の右胸の上に乗り、グイッと頬に肉球を押し当ててくる。「やめて…」といって押しのけると、あんちゃんの後ろ脚の肉球だった。自分の脚をぺろぺろするため、ハハの顔に肉球を当てがって支えにしていたのである。土足で外にパトロールに出るクセに私の顔に足の裏を当てるなんて無礼極まりない。肉球を押しのけてもあんちゃんはそのまま私のうえでとぐろを巻き続けた。諦めのいいタイプの私は、自分のうえで寛ぐあんちゃんをそのままにして寝てしまった。

いよいよJK剣士が帰って来るがあんちゃんはどれくらい喜ぶだろう。実に微笑ましいきょうだい愛。ポジション的には当然あんちゃんの方が上である。

 

 

さて愛するオタク旅の詳細とまとめを書いておこう。
まずは大事なこと。

秋田のあのなまはげ、あの方たちはナマケモノのヨメに対して「わるいこはいねが~」って言ってるらしい。子供に対しては健やかに育つようにプチ・トラウマ体験を与え成長を促進、ナマケモノのヨメに対しては持参の包丁で、ナマケモノすぎるとできるある種のかさぶたを剥ぎ取って痛い目に遭わせて心を入れ換えさせるんですって。なまはげ必須アイテムのもう一つは桶。これに剥いだ皮を入れるとか… なはまげ=生剥ぎっていうことらしい。まんまじゃないの。怖い…

もっと怖いのは対象者の「ナマケモノのヨメ」という点。ヤバい、私ドンピシャ… 航空業界も今たいへん乗客が少ないから、なまはげに働きかけて「全国のナマケモノのヨメに喝を入れてください!」なんて言って無料チケットを渡したりなんかしたら、速攻私のところ来るわ。ナマケモノどころかそもそも家におらんし。外に出とっても東京でダラダラしとるし。どうしたらいいの?!怖くて家事が手に着かない!とりあえずおやつ食べながら対策を考えようっと。


さてオタク旅。その行程を改めてご紹介するとこんな感じ。

1日目 出雲→舞鶴
2日目 福井、金沢
3日目 富山
4日目 新潟
5日目 山形
6日目 秋田
7日目 秋田港からフェリー乗車(約24時間)
8日目 福井(敦賀)着→天橋立城崎温泉
9日目 帰宅

2日目の晩に金沢で悪夢を見て「もうやめて帰ろう…」と思ったらしいが、ご存じのとおりなんとか踏み止まったエライオタク。最高だったのは富山で、また行きたいと言っていた。富山、そんなに?!

愛するオタクから旅の話を聞いて、私が「ほー!」と感じたのは以下のとおり:
山形でもカニ丼が食べられるとは!良いものは地方には残らずに都会へ送られちゃう(地方には買う人がいないから)。やっぱり金沢の観光政策はダントツ。昔の日本は船が需要な流通経路だったから、秋田から日本海側を南下して下関を通過して江戸に至るそのルート上に主要な港町があって栄えた。など。
程度の低い気付きだねえ。

さて、この海運のことは正直考えたこともなかった。ちなみに私の出身地・長崎は天領だったし、鎖国中も海外との窓口だったので色々ハデなことが満載で「江戸時代=鎖国=出島=キリシタン=迫害」などしか頭にない。日本史の猿渡先生に不勉強をお詫びしなくては…。

そして愛するオタクがその豊満なボディでゲットしてきた教訓とは?
高速道路で移動してたらどこに行っても景色が同じ。要するに、どこも小麦と米の二期作(さすが農家。見るところが違う)。しかし金沢は別格。
これまで会社という狭い世界で生きてきたが視野が広がった。どこもおなじなら出雲でもクリエイティブな生き方は選択できる。今の時代、場所はあんまり関係ない。

愛するオタクはITリテラシーが飛びぬけて高いので(そういう業種だったから)、その才を生かして山陰の地理的なマイナス面を克服できるのだろう(私は業種的にもそんなことが出来ないから東京に足を運ぶ)。

この結論に「えー、なんで」という人もいると思うが、量子論的、そして絶対者ブラフマン的に言えばこの結論は実に真っ当である。私はここにいると同時に万処にいる。どこかに行かなければなんとかならないと思うのは、意識がもつ力を不当に評価していることになる。私たちは皆、いまここにいながらあらゆるところにいる。今、物理的には遠くにいるように見えるあなたのそばに確かにいて、あなたの息遣いを感じ、そっと手を握り締めることができる。

愛するオタクとの数カ月間のセッションは、実にダイナミックだった。話をしてきただけなのに、現実的な経験を積み、現実的な変化を手にしてこの豊かなセッションはクライマックスを迎えようとしている。彼の今後の生き方はより自分自身と調和したものになるだろう。私はただYogaの智慧とともに彼のそばにいただけである。

愛するオタクのほんとうの旅がこれから始まる。
絶対者ブラフマンとYogaの智慧に感謝である。