蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№626 ヤバいひと

すっきりとした立ち姿を見てってよこれがあなたがたの生んだものです  陣崎草子

 

 

4月9日
長女ぶーちーの新学期が始まったようである。履修を希望していた科目のすべてで抽選?が通ったとのことで、勉強するにも運が必要なんだねえと涙が流れそうだった。

時間割みたいな表を見せてくれたけれども、ブッキョウブッキョウ少しホケキョウという感じで、昨年に比べて興味関心も焦点が固まり、深まってきているのを感じる。

なかに「仏教デス・エデュケーション」という科目があったのだが、確認するとやはり死生学だった。20歳でこの分野に目が啓かれるということは、何らかのかたちで死に触れ、死について考えたことがあるからこそと思う。やはりここに亡きおにいちゃんの大きな存在を感じ、感慨深かった。私の母(ぶーちーのおばあちゃん)との別れや、壺井家のゴッドマザー(おおきいおばあちゃん)との別れも影響あるのかもしれない。


先日一緒に門脇師匠のご縁巡りで入谷を回っていたとき、DAVIDEじゃないとあるカフェで待てど暮らせど出てこないアイス・カフェラッテを待ちながら「私は就活をしたくないのですが」と話してくれた。ハハはその意向には大大大賛成である。

数年前、舞踊家のH美さんのところに伺おうと品川駅から高輪までぶらぶら歩いていたら、同じようなカッコウをして同じようなバッグを持ち、同じような髪型と化粧をした、若いのに生気のない集団とすれ違って心底ビビった。ムーミンに出てくるニョロニョロの黒いバージョンに呑み込まれたような気がした。

みんな同じカッコウで同じことをさせられる経験なら私にも売るほどあるが、かつていたその場所では、指揮する立場でみなの前に立つと、個々に宿る抑えがたい生命力をひしひしと感じさせられた。「こいつらを納得して従わせるには一筋縄じゃいかないから、こちらも肚を括らないと」と思ったが、それは日々身体を酷使するなかで、野性的なものがむき出しになっていたからだろうか。大学で学んでいる方々のような知性は、鳴りを潜めているからこその迫力? 心身を調整する活動を欠かしてはいけないことが、この体験からも理解できたような気がする。

そう、就活。なんて大変なことを学生さんはやらないといけないんだろう。昨日とある経営者の方とこのことについてお話させて頂いたが、ここに書くのはやめておこう。ただぶーちーは就活をやらずに済む方法はないか…と2年生の今から必死で考えているということ。自分のアタマでどうしたいかを考え抜ぬき、そこに向かうことは(ハハの個人的な意見としては)大事なことと思うので決してあきらめず意思を貫いてほしい。


さて、今日は以前規夫師匠から「ちゃんと知識をつけておくべき」と示されたことについて改めて考えている。その際、この師匠がそこまでおっしゃるとは…と思いつつ数冊の本に目を通したが、今になってマジで大事だと思わされた。「サイコパス」に関することである。

男性で人口の3%、日本の人口比にすると約185万人いると言われ、仕事で優れた成果を出す人、特に経営者や医者などにも多いそうだ。レクター博士みたいなわかりやすい感じじゃなく、けっこういろんなところにいるのだ。

どんな感じかというと…
人の弱みにつけこみ、コントロールする技術を身につけている。
アメとムチを繰り返し、被害者側の「怒られたくない」「嫌われたくない」という罰を回避する気持ち、「褒められたい」「またいい思いをしたい」という欲望を巧妙に刺激して、借りがある人にはなにかお返しをしなければならないという「好意の返報性」を悪用することによって、上下関係を完成させていく、などなど。

身近な人間関係で悩まされ、あとから考えると「あ!もしかして」ということはけっこうあるかもしれない。

とても大事な「サイコパスに接する場合の心得・対処法」は次のとおり。

 

かかわらない・近づかない

ウソがあると想定し、必ず発言の裏を取る

良心に訴えても難しいと理解する

共通のメリットが生じる場合のみ同盟を組む


Yogaの教えで一番ひとを救っているのは、「走って逃げろ」というものだと私は思っている。私自身はこの教えを日本ヨーガ・ニケタン講師のY先生に教わって以来度々使ってきたし、クライエントさんにも必要とあらば断固としてこのことをお伝えしてきた。その渦中にある時はみな必死で、テンパって頭がおかしくなっているが、走って逃げて物理的な距離がちゃんと取れれば正気に返れるものだ。なるべくダメージが少ないうちに逃げるのがいいし、躊躇が命取りにならないよう「迷わず」逃げて欲しい。おそらく相手は、あなたが「自分が悪いんじゃないか」と思わせる方向に誘導しているから、あなた自身の判断力も通常とは違って狂っている可能性が大いにある。

人を変えるのは愛しかない。選択の余地があり、どこに進んでもいいよと示された安全のなかで、自分の意思をもって前に進むとき、治癒や成長、変容は起こる。私の経験では優れた師は常にやさしく、厳しいことを仰ってくださるときにも同時に慰めを示してくれているし、けっして人を攻撃したりする物言いはなさらない。なによりも目の前にいる私をけなしたり、私に連なる人を悪く言うことなどはゼッタイになさらない。それが愛っていうことだ。


なんで規夫師匠はサイコパスについてこんなに危険を発してくるのかなーと思っていたが、ようやくわかった。今晩は師匠とOさん三人でコマゴメ・ヤキニクの会なので、素直に「参りました」と申し上げて色々とお知恵を拝借してこよう。

あゝ、嬉しいな!
規夫師匠とヤキニク、イケメンOさんとヤキニク(ここ、ハートマークね)。