蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№624 インテグラルなかま

世中にたえてさくらのなかりせば春の心はのどけからまし  在原業平

 

 

4月6日の続き

昨日は美術館の勘違いから入谷で超絶おいしいカプチーノを飲み(ここにVITAはないのにこんなものが飲める至福…)、てくてく歩いて上野駅に戻った。

ぶーちーは上野駅のことをあまり知らないらしい。あんな巨大な駅は山陰には存在しないので、昨日うっかり目の前にある不忍口から外に出てしまい、公園口で待ってる母と巡り合うのに大変な苦労をしたのである。イナカ者に上野駅の楽しさを教えてやろうと思い、もう一度上野駅に戻った。

構内にあんなに店があるって、イナカ者には楽しくてたまんない。パンダで押しまくっているおみやげものやさんを覗き、雑貨屋で女子らしくショッピングをした。

私は絵画や工芸作品が好きだが、なかでも宮川香山(1842~1916)の作品が身をよじるほど好きである。2016年初夏、大阪・中之島の東洋陶磁美術館で没後100年を記念する展覧会があったとき、芸の道で姉妹関係にあるRさんと見に行った。当然である。こんな機会は逃せないでしょう。その緻密な技術のすべてを舐めるように見たいとの思いから、作品のまえで立ったりしゃがんだりという「拝見スクワット」を繰り返した。さんざん堪能して館外に出たときにはアタマも足腰もヨレヨレ、言葉も出ない。

まあそれは余談なのだが、以前から気になっていた雑貨屋系チープ・アクセサリーのなかにこの宮川香山ばりの写実的な作品があって、気に入るものがあったら求めようとずっと思ってきた。これまでに購入を検討したものとして、オコジョ(たぶん)、きつね、ウサギ、スズラン、藤などの作品があった。絶対買わないが、トカゲ、白ヘビ、カエルなどもありなかなか愛嬌がある。ちなみに材質は錫かと思われ、安価なのもポイントが高い。この度は上野駅のなかで桜をモチーフとしたものを発見し、求めた。花だけでなく枝や花びらもうまく表現してあって実にいい。「宮川風サクラリング」と命名である。

桜といえば合格。ぶーちーに調べてもらって「意志力を発揮し、目標を達成する」とかいう意味があるらしい指に嵌めることとした。今後、私の指にこの「宮川風サクラリング」を確認した方は「もう桜の時期じゃないけど?」などというヤボなことは決して言わないように。今日は冒頭に「古今和歌集」の有名な歌を載せてみたが、ひとをときにのどかじゃない気分にさせちゃう女子として一生をまっとうしたいものだ。うむ。

 

さて、上野駅をぶらぶらしたあと、ぶーちーのリクエストで新宿の伊勢丹に向かう。こんな大きなデパートも山陰にはないからねぇ。私もこれまでにたった二回しか行ったことなかったよ。ものがありすぎて目が眩むっていうか?「ここでしか取り扱ってません」というものもいろいろあって実にすごい。お酒をテイスティングさせるスタンドもいくつもあってすごい。でも長女と一緒にそこで酒の味見をするっていうのは、ちょっと哀しい。ママは今度紳士と一緒に来るから、あなたも誰かと一緒に来なさいとかワケのわかんないことを言って地下でジュースを飲んだ。

 


夜はインテグラル女子との会食だったのだが、不案内なハハをぶーちーがちゃんと約束の場所まで送ってくれた。気遣いのできる娘に育ってくれてハハはうれしいな。
で、MUJI café?で定食を食べながらふたり女子会。インテグラル・ジャパン主催の研究会に参加して以来のおともだちで、年も近く、同じ中国地方(となりの県)出身。いつも私のブログを読んで下さっているとのことで、大いに激励してもらってほんとにうれしかった。

ひとって、思いもよらない内面をみんながもってる。みんながさまざまなことで悩んでる。でも解決の方法はたぶんひとつ。私はそう教わって、そう信じてる。

今の悩みを超越できる視点を獲得すること。
いまのこの悩みを「観察」する者になること。

たとえ血のにじむような思いをするのだとしても、たぶんそれしかない。観察してみて到達する結末はたぶん思っていたものとは全然ちがうだろうし、本音いうとガッカリすることもあるかもしれないけれど、それこもれもふくめて「これでいい」と思えるようになった新しい自分に出会ってみたい。二人きりでおしゃべりして、そんなことを想った。

昔からのインテグラルの仲間とはいろんなはなしができる。師匠方が起因となって与えられた関係性はどれも豊かで学び多いけれども、規夫師匠のところも同じく。彼女は私がいま格闘してる原稿の最初の読者になってくれるという。それだけでなく、私がこれまでずっと避けてきた領域についての対話も深められそう。
今月在京しているあいだに、第二回目のふたり女子会をやらなくっちゃ。