蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№575 悟ったらしい

すこしずつ存在をしてゆきたいね なにかしら尊いものとして  笹井宏之

 

 

 

 

2月16日

無事帰宅。9日ぶりにJK剣士と再会し熱烈なハグを交わす。
家にいても「あ、P(JK剣士の本名)ちゃん、ひさしぶり!!」と日に何度も熱いハグを交わすのがお約束。心優しいJK剣士は「おー」とか言いながらつきあってくれる。

 

昼食におみやげの天むす(地雷也・名古屋)を食しながら、離ればなれ?だった間のことについてお互い語り合う。これがまたハラがヨジれるレベルの大爆笑の連続。今食べてるものが鼻の穴から飛び出そうだからモウヤメテー!などと騒ぎながら、約2時間は盛り上がった。JK剣士が絡むと、なぜかいつもこんな感じ。

 

爆笑と言えば… 昨日、アスナル金山の3階にMARUZENがあるのに気付いてしまって、ついふらふら~と入ってしまった。「猫コーナー」に絵本や写真集が詰まれていたのだが、そのなかにヒグチユウコの本があって、これまたついふらふら~とレジに行ってしまったではないか。部屋に戻って読んでひとりで爆笑。帰路、伯備線特急やくも号の車内でやめておけばいいのについつい手が伸びて再読したら、またもや爆笑しそうになって必死で笑いを堪え、ハラを痙攣させそうになりながらよろよろと帰宅した。

今、この文章を入力している隣で、JK剣士が時折爆笑しながらこの本を読んでいる。ヒグチユウコは間違いなく天才である。そして人が生きるにあたって爆笑本は必須である。

 

さて、なんと、JK剣士は悟りに到ったという。

悟り!
母が何万回、何千万回もの生をかけて求めている(らしい)ものに、とうとう…。しかも母を置き去りにして先に。

以下、悟り関連用語解説します。
モクシャ Moksha 「囚われから解放された自由な状態」
ニルヴァーナ Nirvana 「誕生、生、死の繰り返しである輪廻からの解放と終了」
そして、カイヴァルヤ Kaivalya 「世界は1つの存在であり、分かれたものなど何もないことを理解していること」
表現はちょっと違うがまあ要するにみんな同じこと。
あなたはどれにする?!私は瑜伽名にMokshaが入っているので、これでキメてます。

JK剣士のその悟りを一言で表すと…
「勉強はやめよ、って決めたに」

米子弁ですので翻訳します ――勉強はやめることに決めました。

解放!ようやくガッコウの勉強が調教のためのジュケンベンキョウだと気付いたのかな?それはよかった。それは間違いなく悟りだな。

今後は、自分の目指す夢に必要なことを貪欲に学んでいくといいよ。たくさん本を読んで、人に会って。行ったことないところに行って、見たことないものを見て。
JK剣士にはもうしっかりとした夢があるので、そのために必要と”思えるもの・信じるもの”をドンドンガシガシ貪欲に吸収していって、いつか「いったいこれまで学んで来たことはなんだったんだ…」とその無意味さに気付き、思考停止に陥って泣きながら地に伏すような真剣な生を生きて欲しい。

母さんはJK剣士がJKでなくなってもずっと味方だから。あなたが何処かの国で万が一つかまったりしたら、なんとしてでも助け出してあげる。あ、ただし職業がルパン三世的なものに変更になっていない場合の話です。その場合は自らの能力を最大活用して出てきて下さい。

 

 

担任のMセンセイは、試験の時はイイコト言うらしい。「生きていることが大事なんだ!」というようなこと。でも試験前には「コレコレこうしたら偏差値上がります」的なバカなことを言うんだと(バカって言ったな…)。それでJK剣士は日々辟易しているのだが、この度このいわゆる悟りに到ったことでJKライフが(JK剣士的に)楽しくなるといいなと思う。

 

 

私たちは分離の夢を生きている。

今、私の足に微かに触れているJK剣士の足は、確かに私とは別のからだのように感じられる。先程も書いたカイヴァルヤ Kaivalya の意味するところ、「世界は1つの存在であり、分かれたものなど何もないことを理解していること」という言葉は難しく聞こえることかもしれないが、「本当の自分っていったいなんなのか」にいつも焦点合わせをしていけば“わかれていない”ことはからだの奥で感じ取れる。緊張は手放され、胸が暖かくなり、体中に血が巡る。肉体に確かな感覚をもたらすものだから、少しずつ練習することだってできる。この揺るぎのない“わかれていない”感覚に従ってさえいけば、進むべき道は自ずとわかる。

絶対者が“本当の”あなたにさせようとする仕事は、大概人に理解されなかったりして困難を極めると思われる。イージーな仕事をアサインしないのが絶対者ブラフマンの粋なところなのでなんとしても挫けずがんばってください。でも、絶対者はできないことも絶対に頼んでこない。ギリギリの線をついてくるからシビれちゃうよね。

疲労が極まったときには、“思い出す”ことが助けとなるはず。肉体から、ボトムアップの手法が手軽でお勧め。そもそもその“思い出す”っていうのがYogaなので、これを体操だと思っちゃってる人は今ここで猛省してください!

思い出し方を忘れてると、この世で迷子になっちゃうよ。寂しくなっちゃうよ。

 

 

 

 

 

 

 

ボリス絵日記

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