蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№569 皮膚感覚

たくさんのおんなのひとがいるなかで

わたしをみつけてくれてありがとう    今橋愛

 

 

 

2月11日

今日は世の中はお休みなんだな。2年間、家には長女がいて「土日祝はバイト」というライフスタイルだったから、曜日や休日の感覚がしっかりあった。それももうないと思うとちょっと寂しい。

この2年、家のなかの人口密度がドーンと上がって母さんすっかり疲れちゃったよ。まず買い物の量がハンパない。毎回、キユーピーさんの売店でゲットした「レジかごバッグ」が破れてしまいそうなくらい大量に買い物をしないといけない。16歳と20歳の食欲凄い。しかも我が家は野菜が大量消費されるからなおさら。しかし若者が一人減ると全然違うらしい。

 

前職を辞めてから10数年、基本的に平日昼間は家で「ボッチ」。猫相手に話をする生活(だいたい無視される)だったので、この二年は本当に賑やかだった。そして仕事が捗らない、本が読めない(言い訳)。成長した子供と、こんなに長い時間を過ごすなんて思ってもみなかった。娘たちも成長したし、彼女たち曰く私も変化したそうなのでこの期間をお互い満喫できたと思う。

 

何が自分を変えたか?
という問いに明確な答えなんてなく、あれもこれもがああなって結果的にこうなった、なんて曖昧なことしか言えない。結局人の成長って複合的で混沌とした事象なんだとしみじみ思う。ただ、人が変わっていくことの血反吐を吐くような苦しさは覚悟をしてきたと思うので、苦しいだろうことに真正面からドーンとぶつかって来られたかな。前職で培われた「突撃マインド」がそうさせたか、Yogaで養われたなにか大きなものに対する安心感がそうさせたのか。単に、「こうだ!」と思ったらそれしかできない性格なのかもしれない。とにかく結果的に、よかった。

 

 

人は何によって癒されるか?ということについてO先生とよく話をする。
私たちの答え、いや仮説は、触れられること、愛されることを通じて、ということになる。

実際にはO先生のお仕事では必要最低限でしかカラダに触れないし、私は一切触れてはいけないことになっている。でも人は(いや生きものは)触れられるだけで血圧が下がり、リラックスできる。その触れ方に愛があるかどうかは、人は一瞬で感じ取ることができる。それは頭で考えたこととは違う。だからできるだけ触れたいとおもう。靈氣でもいいし、ハグでもいい。アーユルヴェーダのマッサージ(アビヤンガ)でもいい。

皮膚は外の世界との境界で、心的な防御の最前線だと思う。長女は皮膚トラブルがよくある子なのだが、新しい何かに向き合おうとする時、未経験のことに挑戦しようとする時、症状が出ているようにみえる。それは単に皮膚だけの問題ではなく、心の動きによって、食べるものや睡眠などが変わるその結果として、皮膚にも症状が出るということ。

カラダの各部にはそれぞれの智慧が含まれているから、その智慧をそっと耳を澄ませて聴き取るちからを育てて欲しい。私はよく生徒さんに鍼灸の治療をお勧めするのだが、日本(漢方)で使用されるあの驚くほど細い針が生み出す感覚を感じ取ることを通じて、自らの内的感覚を鋭敏にして欲しいから。そして自らのなかに内在する叡智を活用して欲しいから。

かつて鍼灸治療など根拠もないまやかしだと西洋医学しか知らない人は言っていたし、そんなことを主張する本もちゃんとあって部屋の向こうへぶん投げてやりたくなった(本が、可哀相だから投げないけど)。サイモン・シンの「代替医療解剖」という本。
今は時代が変わって、経絡に鍼を刺すと脳の対応部位が活性化することが確認される。鍼灸やYogaという昔からの技術は長い時間をかけてひとを救い、その安全性を確認されているのに、エビデンスがないだけでダメとか言う輩の頭の中身をのぞいてカレー粉をふりかけてやりたい。効果を見せてやるための技術が追い付いてないこと、そしてあなたの感じとるちからが鈍いだけなのよ。たぶんそんな人が長年抱えている慢性症状も、鍼治療で治っちゃうんだからね!(強気)。

 

触れられることや、その他の感覚に「鈍く」なることにも効能がある。たぶんそうすることであなたも私も自分を守ってきた。守れると思って来た。でもほんとのところは感じ切って「自ら」選び、そして自ら棄てることを選ぶ方が、強く逞しくこの生を生きられる。

今朝大浴場でカランから勢いよく流れ出るお湯を見つめながら、生きることは呼吸のようであることが大事だと思った。私たちは次の吸う息のことや吐く息のことを、なんにも心配しないで生きている。この世でなくては困ると思っている愛情やお金みたいなものも、呼吸と同じように「次(この先)」を心配しないで生きたらどうだろう。

そうするとたぶん、鍼灸理学療法やYogaなしでも人の肉体は理想的な状態に戻ると思う。

これが想像以上に難しいことだから、いったんなにかしらのアプローチを介さないといけない。だからいつも「なんのために」これをやってるのか、忘れたらダメだよ?