蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№466 約束を違えず

故人のために「何か」したいと思う数名がいて、何かの方向性がいくつかの方向を向き、その一つに向かって私も歩を進めている。

 

大きく「芸」という枠でつながっている仲間(というか大先輩)に胸を借りて、演奏をすることに決めた。やると決めただけでほかは何にも決まっていない。でもこういうことは細かいことはどうでもいい、やるかやらんかだけでいい。たぶん人生において重要なことは、斯くの如しであると思う。やるかやらんかだけであると思う。

 

昨年、「筝曲師範」の看板を先生からお祝いとして頂戴したとき、ちょうど亡くなった友人(お兄ちゃん)がここにきていた。看板を頂いて、それを家に置いて走って約束の場所に行った。たぶん寿司処せいじさんだったと思う。かくかくしかじかでちょっと遅れてごめんよと話すと、看板を持ってこんかったのかと問われた。うれしかった。でも看板は大きいし、酔っ払って落っことして壊れでもしたら大変なので、持ってはこれない。

 

そんなことを言ってくれたお兄ちゃんに、お披露目の演奏会に来てほしかったのだ。
今年3月、兵庫県・西宮芸術文化センターのKOBELCO大ホールで行われるはずだった菊井筝楽社第50回記念演奏会は、予想通り延期になった。あの頃、プログラムはもう完成していてそこに私の新しい名前も刷られており、くすぐったい気持ちになった。めでたく華やかな「越後獅子」を演奏することになっていて、毎日気が狂ったように難しい”散らし”(後半のものすごく盛り上がる部分)をおさらいしていた。

 

演奏会に来てもらう夢は叶わなくなった。だから代わりに何かしないとなと思ったのだ。いや、頼むから何かさせてくれというのが正しい。

偲ぶ会や追善の会ならばそれらしい曲を弾くところだろうが、いかにもという哀しい曲は弾きたくない。だから恋の歌にさせて下さいと、大先輩にお願いした。試験曲でもあったこの曲ならば、称号に恥じない演奏ができるはずだとも思った。本日そのことを師匠にお願い申し上げ、お許しを頂いた。この上ない機会を頂いたと思って死ぬ気でやってごらん、とのお言葉を頂戴した。

だから「末の契り」を練習している。職格試験のために何年もかけて必死でさらった曲を、人を偲ぶ心をもって弾く。実のところ試験のときには、「恋の曲だからそれにふさわしく、落ち着いてしっとりと演奏せねば」などと考える余裕もなかった。

松浦検校(?-1822)作曲。歌詞は三井家五代当主・次郎衛門高英のもの。
荒波に漂う小舟に寄る辺ない思いをなぞりつつ、末の契りを願う恋心を歌う。

「八千代経るとも 君まして こころの末の 契り違ふな」
 いつまでもながく あなたが健やかに ここにいてくださいますように
 わたしと交わした 約束を決して違えないでください

 

彼の奥さまのお心の深いところを、私は決して理解することも、寄り添うこともできないだろうと思う。そしてその傷はけっして、癒えることがないだろう。

愛情がもたらす痛みは、深く耐えがたい。人を好きになどならない方がいいのではないかと思うことがある。愛され充たされた経験が、いつか胸を抉るような経験に変わることがあるならば、一人ぼっちで生きてそんな痛みを経験せずに済む方を求めてはいけないのだろうか。それでも誰かを深く、愛しく思うことを求めて生きる方がいいのだろうか。師弟愛のような敬愛の思いだけでは、愛情という経験は足りないのだろうか。

愛しい人に現身をもってはもう会えないという奥さまの切なく苦しいお心と、まだわかれることなくこの世界に、私のそばにいて下さる方たちへの愛情を込めてこの曲を、そして箏歌を歌いあげたい。


どんな状態になったとしても、私とずっとながく過ごしてください。
どうかお願いと。

 

「肩」   谷川俊太郎 

あなたのあたたかいスエタアの
肩にもたれて
私は何も言わない
あなたは何も言わない

かくも美しく歌いだされる
モーツァルト
室の外で木々は葉を散らす
私はいつ死ぬのか

肌のぬくみだけで心は要らない
そう思ったとき
ふりむいてあなたがじっと
私をみつめているのに気付く

 
 

 

末の契り―三絃楽譜

末の契り―三絃楽譜

  • 作者:宮城道雄
  • 発売日: 1969/01/01
  • メディア: 単行本