蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№325 呼吸から安心感に至る

呼吸と免疫のことについて書こうかなあと思っていたのだが、免疫力というのは肉体の防衛機能であって、人間存在が持つ力の一部でしかないと思った。

数値で証明できるものだけを礼賛する風潮を、ウィルバーは「フラットランド」と表現したが、健康か病気かということが西洋医学的に判断されることの多い現代において、目に見えない健康を保ち、更なる健康を求めるには少々工夫がいるようだ。

免疫力が高いかどうかを、どうやって判断することができるだろうか?
そもそも健康であるとはどういう状態だろうか?

肉体に病気が見つかっていないだけで「健康」というのは少々心もとない。
漢方では「未病」という概念があるが、実際に検査や数値に異常が出て明確に病気と判断できる以前に、「まだ病気ではないが決して健康ではない」という状態がある。免疫力が低いとは、この未病の状態ということができるだろう。
単に体質だと思っている軽い症状もこの未病の現れであることが多い。アーユルヴェーダや漢方などの伝統的な医療は、病以前の病態に関する多くの智慧を持っている。

検査等で何も異常は見つからないのに健康ではないという人は、何かしら本人に悩みがあるものだ。あなたが何か悩んで、苦しみを抱えているなら、それは病である。病として、適切に治療やケアが為されなければならない。大したことないのに、などという他者の言葉に耳を貸してはいけない。あなたはあなたの感覚を大事にしなくてはならない。

また、本人が悩んでいなくても、身近な周囲の人が悩んでいれば、それは健康とは言えない(社会的な健康、という概念)。

ヨーガと呼ばれる実践が目指すのは全人的な健康であって、肉体の健康だけでない。
全人的な健康を目指す過程で、結果的に肉体も健やかになるということだ。

この全人的な健康を目指すには、肉体からのアプローチがとても便利だ。
ここで少し免疫のことにも触れておくと、人間の免疫機能の多くは腸が担っている。腸には数多くの細菌が共生してくれていて、私たち人間が生きる上で必要な多くの働きを行ってくれている。心理的にストレスを感じて、破滅的な思考をすると、腸内細菌を痛めつけるような分子が出るという。体と心は怖しいほどに関連している。
健康を目指す伝統的な手法に、呼吸を置き去りにしたものは無いと思う。呼吸は肉体にも精神にも、大いにそしてダイレクトに影響を与えることができるからだ。

下腹部を動かすゆっくりとした呼吸を繰り返すと、横隔膜の上下運動に伴って内臓が動く。下腹部には迷走神経が走っており、腸から脳へ指令を送っている。浅く速い呼吸の場合は、横隔膜は上に上がってしまうため、この腹部のマッサージは起きない。

お腹と脳は関連して動いている(腸脳相関)。
お腹のゆったりした動きは脳へ信号を送り、「今、私は安全だ」ということを脳に認識させる。そして脳は、改めて内臓に対し、「安全な状況なので、消化や吸収、そして治癒に至る活動をしてもいいよ」と指令を出す。

あなたが意識的な呼吸の練習を行う時、自分の存在に対して「安心して健康になるための仕事をしてもいいよ」、とメッセージを発していることになる。

ストレスとは真逆のこの状態は、訓練でいつでもどこでも再現できるようになる。
外的刺激に応じてストレスが生じると思っている方が多いかもしれないが、そうではない。
どんなことが起きても、ゆったりとした呼吸を保てる人がいる。生まれつきの性質であったり、長年行ってきた武道などの取り組みがその要因になっている人もいるだろうが、後天的に身に付けることができる能力であることを忘れないで欲しい。

心配性だったり、落ち込みやすかったりして、自分のこんな性格を変えたいと思っている人は、騙されたと思って呼吸法を数か月学んでみることをお勧めする。
長い年月をかけて人体に対する効果が伝わっているのだから、あなただけが裏切られることはない。安心して大丈夫。