蓮は泥中より発す

अद्वैत :非二元に還るプロセスの記録

№240 泥の意味するものを

 大事な仕事と長い出張を終えて、平常運転に戻った。
先程、夜のレッスンを終えて帰宅したところだが、約90分とことん動くと本当に気持ちがいい。最後のシャーバアーサナ(屍のポーズ)がたまらない。
今日から3日間、実習のみのレッスンが続くので、出張中にお風呂でコケて強打したお尻の痛みも解消するだろう。

出張2日目に購入した本を、上京中「チベット旅行記」と交互に読んでいた。
東京は移動中も本が読めて便利だ。鳥取だと自分で運転しなければならないので、移動が多いと読書時間が減ってしまう。

チベット旅行記」の慧海先生は、どんなことが起こってもポジティブに乗り越えていく。強盗に遭ったり、遭難しそうになったりしても、その前向きさはけっして失われない。「自分は大丈夫だ!」というその逞しい確信は、健全な霊性というものを現していると思う。慧海先生は、修行という道のなかの学習と実践を通じて、自らのその確固たる確信を育ててきたのだ。

自分のなかに打ち立てられた柱は、生半可なことでは揺らがない。慧海先生に関しては、一切揺らがない。
『…やはり雪の中に寝るのです。ところがなかなか寝られない。こういう時には座禅するのが一番苦痛を逃れる最上の方法で、誠に如来の布かれた方便門のありがたさをしみじみと感じたです。』

またこのような名言もある。
『そこで私は考えた。仕方がない。』
強盗に遭って、身ぐるみ剥がれるかもしれない!、という時のお言葉。
生きるに当たって、修行以上に役に立つものはないのかも、と思わされる力強いお言葉である。慧海先生は大真面目なのだが、あまりにも突き抜けておられるがゆえに、凡人は思わず笑っちゃうのだ。

さて、

修行ができるのは恵みだと、仏教では考えている。
人として生まれ、道を求めることができることを特別なことと思っている。
この世に生きる人皆が、自らの生を前にして、慧海先生のように「今この様であるのは仕方がないので、ありのまま受け容れよう」と思うことは難しい。

そのような普通の方々の、普通でいることを許されなかった生き様を記した本に、上京中に出会った。
鳥取県の医師が、かつてハンセン病の療養所に強制収容された鳥取県出身者の話を聴いてまとめたもの。
かつて鳥取県は、無らい県運動を強力に推し進め、多くの方が石もて追われるように
この豊かな故郷を追われ、帰ることを許されなかった。
水俣病に苦しむ方の生を描いた「苦界浄土」と同じ趣をもっている本だと感じたが、彼らは故郷で苦しみ、故郷で死んだ。そこが異なる。どちらも地獄だ。

隣県の岡山には、ハンセン病の方を収容してきた長島愛生園がある。
今でも、電車を乗り継いで3時間ほどかかるのではないだろうか。
私はこの病に苦しんだ方々についてほとんど知識が無いから、もう少し勉強してみようと思う。

そんな話を娘にしたところ、学校に元患者で愛生園に暮してきた方が来てくださって、話を聞かせてもらったことがあるそうだ。娘の方が先輩だった。「一度行って見たい」というと、「私も行きたい」と言ってくれた。
強制収容が推進されてきた背景にも、釈然としないものを感じる。こういう思いを、自分の生にどう結び付けていくか、問われている。

蓮は悟りの象徴。
蓮が美しく咲くには泥が必要だ。
泥は病や苦悩の象徴だから、私は人の苦しみの歴史を、しっかりと見据えて生きたい。