6日ぶりに帰宅。
母の遺骨を前に手を合わせる。
般若心経を唱えた。
自分のシャドウを改めて意識した五日間だった。
浮かび上がるもの、過去の記憶をどのように扱うか。
怒りや恨みのような情動は既に無いが、今、このようにしたいという、内にわき上がるものは確かにあり、人の心はなかなかスマートにはいかない。
何が良いのかということについても、それぞれの見方で違ってくる。
人を攻めることをしないのならば、自分を責めることもしたくない。
誰になんと言われても、今ここにわき上がるものを大切にしたいと感じた。
例え10年後に「あのときの自分はバカだったなぁ」と思うことになるとしても。
この世は迷妄の世界、現し身を離れれば絶対者ブラフマンのもとに還る、と信じていることで、誰かを傷つけることもある。
それが世界の多様性なのかな。
今は少し混乱しているが、この事がまた私の糧となっていくだろう。