蓮は泥中より発す

अद्वैत :非二元に還るプロセスの記録

№228 それは酷すぎる

時代劇評論家の春日太一さんが好きだ。
まったく飾らない様子で、素のまま生きて、好きでたまらないことをやっておられるようにお見上げする。
NHKラジオで「春日太一の金曜映画劇場」というものをやっておられて、そこでの語りに惚れた。

さて、彼が絶賛している書籍がある。2018年1月、元陸上自衛官伊藤薫さんが上梓された「八甲田山 消された真実」である。

以前、書店で手に取ってみたことはあったものの、購入にまでは至らなかった。
なぜかと言うと、20代(現役自衛官当時)から、新田次郎の本も隅から隅まで読んできたし、その本を原作にした映画、渡辺徹朗読のCDなども繰り返し視聴してきたので、今更感があったから。

ご存じない方のために軽く説明をすると、明治35年八甲田山における雪中行軍で200名近い大量遭難があった。近代登山史における、世界最大級の山岳遭難事故だという。

初めてこの事件のことを知ったのは、20数年前。
当時の上司が、幹部候補生学校でこの事件について考察を行ったことを話してくれたのだ。それで新田次郎の本を手に取って、映画を見、「大隊長三國連太郎)最低! 神田大尉(北大路欣也)可哀そう! 徳島大尉(高倉健)カッコイイ!」などという安直な感想を抱いていたのだが、よく考えると、新田次郎の本は小説であってノンフィクションではないのだった。

自衛隊には、「バカな上官、敵より怖い」という言葉があった。
下士官から見ると、上官の器って一目瞭然だったりする。演習時などに指揮官としての能力が露呈する。何かの時には、まずあいつを背後から撃って、それから行動に移らないとこっちが死ぬ目に遭わされる…というような冗談を口にしていた。

まあ、私は航空自衛隊だったので、戦闘行動は訓練でしかやったことがないのだが、普段”のほほん”としている人が、野外行動訓練の際に優れた指揮能力を発揮し、分隊員の尊敬を集めるというということは経験した。逆もまたあって、「普段えらそうなこと言ってるくせに全然ダメじゃん」という人もいた。これは教育隊での限定的な経験なので、実際は適材適所でそれぞれの能力を活かして仕事をしていると思う(たぶん)。

さて、春日太一さん絶賛の本を昨日入手して、神戸から戻る特急列車のなかで夢中になって読んだ。
これはひどい、酷すぎる…。この怖さ、元自衛官じゃないと分からない部分があるかもしれない。

自衛官には5つの義務というのがある。そのうちの一つが「上官の命令に服従する義務」というもの。まあ、当たり前のことですが…
今、私は民間人なので、「あー、こりゃマズイわ」と思えば、「私は止めときます」と言って行動を選択することができる。でも、兵士ならそれは出来ないのだ。

この恐ろしい訓練の時にも、いたと思いますよ。兵卒で「こりゃ絶対ヤバい。こいつらの言うこと聞いてたら命が危ないかも」と確信していた人が。でも、まともな軍人なら「止めときますわ」とは言わない。絶対に言えない。

自衛隊を退職した理由のひとつに、当時の隊長に対して「この上司の下では死ねない」と思ったということがある。
『隊員が国民のために命かけますって誓ってる(自衛官の服務の宣誓 http://konishi-hiroyuki.jp/wp-content/uploads/sp7.pdf )のに、お前は上司にゴマすりか?!』と思った。そういう人はこの世にごまんといると思われるが、私はそんな人の下では働けない。
(実際には隊長がどんな人でも、幕僚などがフォローできればそれで良い。この話を始めると長くなるのでまた別の機会に。)
 
これは本当に怖い本です…
個々の経験や知識の差で生存率にまで差が出たというところも、軍隊という組織で起きた事件であると思えば、もうホラーである。

リーダーなら読むべき本です。読書会したい。

 

八甲田山 消された真実

八甲田山 消された真実