蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№211 生きているのか、生かされているのか

曇り空の1日。
また台風が関東地方に向かっている。二つも。
なぜ追い打ちをかけるような動きをするのか、憎らしいような気持ち。
この台風でどうか被害が出ませんように。

昨日、娘と二人でTSUTAYAに出かけた。
読書時に使用する蛍光ペンが切れそうだったため、散歩がてら出かけた。
ついでにDVDもレンタルし、「ペンタゴン・ペーパーズ」という映画を見た。

会社の存続までもが危ぶまれるような記事を掲載するか否かについて、議論が戦わされるが、メリル・ストリープ演じるワシントン・ポスト社主のキャサリン・グラハムは英断を下す。
役員はビジネスのことばかり言い立てる。自分の身にさえ、火の粉が降りかからなければいいのか。
ひどく醜く見える。

私たちの生きる世界でも、経済が大きな力を持つ。お金がないと、しあわせも買えないかのような表現をする人も多い。本当にそうかな?

幸福は無条件。
お金がなかったら奪われるようなものが幸福と言えるか。
条件により不幸に転じてしまうようなものを、幸福とは呼ばない。

条件を多くし、「これを理解していれば、もっと良く生きられますよ」「他のものよりもずっと役に立ちますよ」と、いうようなものが多いように見えて辟易するけれど。

「本質ビジネスは売れない」と、何度も言われたことがある。
さて、私はビジネスがしたいのか。儲けたいのか。
信じるところを伝えたくてたまらないから、仕事をしているのか。

鈴木俊隆師が、「法輪と食輪」という言葉で、すべきことをして生きる時、必ず生かされるということを語られている。
この言葉の方を、信じていたいという気持ちでいっぱい。