蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№194 そこで喜べるか

先程YouTubeチャンネル用の録音をしていたら、ご近所に救急車がやってきた。
我が家は米子市の中心部にあって「市長通り」という俗称がついている。昔々、市長さんが住んでおられたからという。
此処はお年寄りと空き家が多い。空き家は、ご当主がご高齢のため施設に入ってしまわれたが、ご子息方は東京におられる、という状況のようだ。

古い借家は内外の音が丸聞こえ。録音はやり直しすることにして、様子を見に行く。
お向かいのYさんは心臓に持病があるようで、度々救急車を呼んでは隊員に叱られている(「大丈夫だから、こんなことで呼ばないの」…)が、今回は別のお家だった。最寄りの消防署には今年消防士になったばかりの甥が働いているので、それも気になる。
ミーハー気分で覗いてみたが、大事は無かったようだ。甥が来ていたかどうかはわからずじまい。

さて、先程録音のなかでもお話したのだが、「タマリンドの行者」の話というものがある。出典は失念してしまった。(調べておきます)

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タマリンドの木

ヨーガを行ずる者は、できれば今生でサムサーラ(輪廻)から解放されたいと願っている。解放は即ち解脱。解脱というのは、苦しみから解放された平安な境地のこと。
※インド人は、この世には平安なんてないと思っているらしい。

タマリンドの木の下で、熱心に修行をしてきた行者に神が語りかける。

「よく修行に励んできたお前は、あと1万回(だったと思う)生死を繰り返した後で、解脱させてあげるよ!」と。

さて、行者さまはどんな反応をしたでしょうか。

① 「えぇー!!こんなに頑張ってきたのに、まだあと1万回も繰り返し?!
   萎えるわ~ もう解脱目指すの止めようかな…」と、投げやりになる。

② 無視して自分の修行をやり抜く

③ 「解脱確定!!」と踊り狂って喜ぶ。

あなたならどうする?



ヨーガの推奨する答えは③。

ちなみに、大喜びする様を見て、神はその瞬間行者を解脱させた、というオチがついている。

②は私が考えてみたもので、そもそもお話の中には出てこない。神様を無視するなんて、行者ならゼッタイしない(と思う)。

その時の講話が具体的にはどんなものだったか、実は覚えていない。
「♬ あといちまんかい しんで うまれたら ゲダツ!! イエーイ!♪」
と、体を揺らしながらラップ風に歌った師匠の姿が強烈過ぎた。

要するに、結果を期待しながら、行為行動するなということ。
(カルマ・ヨーガの教え「物事の結果の放棄」)

「なにかいいことがあるならしてもいいよ」という取り組みの姿勢を、ヨーガは嫌う。
「結果が良かろうが悪かろうが、私の行為を捧げものとして差し出します」という心を貴ぶ。
こういう心でものをして、結果が付いてこない訳はないけどね、とも言われるけれども、先に結果を期待して取り組んだりはしない在り様を目指す。

yogaや瞑想でこんないいことがありますよ、と申し上げればわかりやすいけれど、言いたくないなあ。たぶん「今の」自分が期待した結果なんて、大したことないから。
騙されたと思って取り組んで、びっくりして欲しい。私もそうだったから。