蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№185 秋といえば

秋風が寒い… 台風が去って、すっかり秋になってしまった。
衣替えと寝具の準備を行わなくては、うっかり体調を崩してしまいそうである。
この時期に、季節に対応する作業を怠ったがために、早々に風邪を引いてしまう方があるので、これからしばらくは教室でも注意喚起を続けることになるだろう。

さて、秋といえば何が思い浮かぶだろうか?
鳥取県に住む私は、まずいちじく。そして梨。今はまだ二十世紀が残っているかな。秋が深まるにつれて、だんだんと大きな赤梨になっていくのも、季節の移ろいを感じさせて嬉しい。

しかし何と言っても、芋。
主食を可能な限りサツマイモとしようとしている私にとって、どこにいっても芋が売っているこの季節は幸せな季節。ただの芋以外にも、焼いた芋まで売ってある(普段は蒸かして食べる)。コンビニでおにぎりが買えるような便利さが有難い。

芋への愛について語ってみる。
最近流行りの菓子のように甘い芋(紅あずまとか)は嫌いで、繊維の多い金時が好き。水分を手元に置いておかないと、喉が詰まって苦しくなるような芋が良い。なぜ芋をたべるのか?!という意義を思い出させてくれる。しかし都会には、芋を品種で選ぶ習慣がない方も多いだろうなあ… 

芋が好きな理由は、「健康は腸内細菌から始まる」と思っているから。私の菌たちは、サツマイモとは特別相性が良いらしい。

ちなみに、鳥取に住んで良かったな!と思う一番は、味噌を自分で仕込むようになったこと。教室で「自分の味噌ぐらい自分で仕込まないとダメだよ」と、生徒さん方から圧力を受けた。年に一度、郡部の作業所で、チームを作って味噌を仕込む。

ちなみに米も30kgを一単位として、筝曲の先輩宅から玄米で買わせてもらう。これを数キロづつ精米して食べる。柿や梨やイチジクを、破格値で分けてもらうこともある。「ジャムにして食べなよ」と言われるが、私の感覚からするとまったく傷んでいない。日本一人口の少ない県だが、豊かだなあ!としみじみ思う。

娘たちが小学生の頃、戦争体験を聴く会に参加したことがあるが、鳥取県内で戦争期を過ごした人と、長崎県民の体験の落差に魂消たことがある(私は長崎で育った)。
とにかく、ここは豊かな土地である。

アーユルヴェーダの観点から言うと、季節の食べものを食べるのは養生の一つである。
夏の熱を体の外に出して、秋冬向きの体にしていかなければならない。
意識の高いインド人ならバスティという浣腸を行うのかもしれないが、この季節の果物には、緩下作用を持つものが多いというのだ。

とはいえ!お腹が緩くなるほど梨やイチジクを食べたこともない私は、イチジク農家さん(筝曲の姉弟子)に聞いてみた。そうすると、「確かにそうだわ!」とのことだった。自然に従った健康法を行うにはお金がかかるので、可能な方は果樹をお家に飢えてみては如何だろうか(口にするのに何年かかるかな…)。

ちなみに春は苦みのある野菜や山菜が育つ。それらは、冬のうちに増えた粘膜を体外に出す効果がある。

空気が乾燥し始めるこの季節から冬の間は、意識的に油分を食事に加えたい。
キュウリやレタスのような夏の野菜はもう食べない。体が混乱する。

皆さんも、自然や環境と調和したご自身の腹の声を聴きながら、「今日は、何を食べたいかな」と意識的に考えてみて頂ければなと思う。食事を無意識に、定時に摂らないで欲しい。

ご馳走を食べた後は、舌の色や感覚を感じて欲しい。「何もいらない!食べるな!」と言われていることもある。よく「腹」と話し合って欲しい。

難しい表現をすると、皆さんの迷走神経の求心性は健全ですか?という話。