蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№180 自分が恵まれているからこそ

先日、神戸で購入した本を読んだ。
「ケーキの切れない非行少年たち」という新書なのだが、かなり衝撃的な内容であると同時に、これまでのDARC(薬物依存回復センター)での指導や、レッスンにおいでになる小学校教師の皆様とのやり取りなどを思い返し、今この瞬間に多くの方が悩んでおられる生々しい事実を教えて貰った気持ち。

昨年読んで衝撃を受けたのが、岡本茂樹さんの「いい子に育てると犯罪者になります」という本なのだが、「ケーキ…」の著者の宮口幸治さんは、急性された岡本さんの後任として立命館大学の教授になられた方とのことである。

「いい子…」の方で紹介されていた事例などは、DARCで症例報告のための聞き取り調査にご協力くださった方の半生とも重なるところが多々あり、大変多くの示唆を頂いたのだが、この度「ケーキ…」を読んだことで、聞き取りに応じて下さった方々がそもそも、DARCのなかでも様々な観点で「恵まれている」方であることを思い知ったのだった。

自らの依存症を克服し、同じように苦しむ方々に語り掛け、DARCで共に暮らしながら依存症の克服を支援する立場にある方々、そして、そもそも「自助」の精神を持ってDARCに辿り着かれる方々は、全体のごく一部。私たちが出会って一緒にヨーガをさせて頂く方は、更にそのなかのごくごく一部。

自分のなかのうまくいかない部分、もっと伸ばしたい部分のために、学んだり努力したりということが「普通」の私たちの贅沢さ。
インテグラル理論」の中でウィルバーが「統合的ヴィジョンの普及はもっとも緊急度が低いもののひとつ」と言っているけれど全くその通りで、それぞれのアプローチが統合されて人を救ことになっていかなければ、自分のいる狭い場所での自己満足に終わってしまうような危機感を覚える。

余りに人数が多すぎるために、支援現場の実態に合わないとの理由で、制度上の定義の方が変わり、支援を受けられていない知的障害の方が多いという。
教室に来られる小学校教師の方が、「教育以前の問題対処が多く、じっくりと勉強を教えられる環境にない」と嘆く現在の公教育は今後どうなっていくのか。虐待や依存の問題を何とかしたいのならば、教育から始めないといけないと思うけれど、門外漢の自分は天を仰ぐばかりだ。

運動が認知機能を上げることは既に知られていると思うが、集中力や幸福感をも高めることができるヨーガが、今後こういった分野でも活用されていって欲しいと思う。DARCのみならず、刑務所等での指導に携わっている県もある。こういう大きな目的に貢献していくためには個人では難しいので、普段は個人で活動されている先生方も、それぞれの団体に所属し、ご自身にとって負担でない形で支援に携わって欲しい。

ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書)

ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書)

 
いい子に育てると犯罪者になります (新潮新書)

いい子に育てると犯罪者になります (新潮新書)