蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№163 課題遂行

ゼミナールでの課題を、一先ず遂行しました!

PCへ向かっての録音なのだが、語尾が聞き取りにくかったりで、改善しないといけない点は多々ある。数回の録音を来り返したが、これ以上やると、今日中に「まずはやる」という目的を遂げられないと思い、投稿を断行した。

これからこの道具を使って、ヨーガにまつわる色んなことを発信していきたいと思っている。

実は、多くの方が、断片で実践を捉えておられるのかなあと思う。
ヨーガ(ポーズ)と瞑想は別もの、自分の悩みとヨーガは別もの、成長とヨーガは別もの、など。

ヨーガという言葉の意味するところについて、「繋がりを取り戻すことですよ」と申し上げている訳だが、2年前に受験したインドの国家試験のためのテキストには、「ヨーガとは統合である」と書いてある。

”統合”と言われても容易にはピンと来ないので、教室などでもあまりこの表現は使わないのだが、インテグラル理論も学んで来た自分としては、「やっぱりそうだよね!」と思う。

実践というのは本来、1つの取り組みで多くの問題をカバーするものなのではないかなと思っているのだが、その為には実践する際に、様々な点に意識を向けている必要があると考えている。

例えば体操(エクササイズ)を行う時に、その時の自分の心持に意識を向けていると同時に、体の感覚を感じ、心拍数や呼吸数などの変化も観察する。終わったときには感覚や変化を言語化したり、行った環境や時間帯、一緒に行ったメンバーによって何か違いが無かったかどうかについても内省を行うとよい。

もちろん、最初からここまでできる方はおいでではないのだが、自分の得意な側面から初めて、実践の守備範囲を拡大出来ていった方というのは、確かにおられる。

例えば、悩む症状の改善を目指して取り組みを開始し、一時的な症状の軽減をまずは経験され、長い目で見た時に、どのような状況で症状が再発するのかの観察を行い、症状と付き合って生きていくための方策を自ら考え、そうして自分自身と向き合い、肉体を大事に扱う中で、人から必要とされたり、人を支えたりという生き方を展開される、そんな方がおられる。

そんな時、私が何をお教えしたわけでもないことを思う。
ただ一緒にヨーガをしてきただけ。

なにか違いがあるとすれば、ヨーガというものに対する私なりの考えや思いを、お話はし続けてきた。そして、お話を伺ってきた。

この度、強いおススメに従って自分の音声を発信してみたが、この声を通じて、生きているうちに会うことはないが、お役に立てる人がもしかしたらおられるかもしれない。

お聞き苦しい点が多々あると思いますが、今のところは、何卒お許しください。
YouTube投稿に使用される脳の領域を、少しずつ訓練していきます。

 


ヨーガという言葉の意味するところ